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青春18きっぷの旅 ⑤

野辺山13:47⇒滑津15:01 小海線 229D

野辺山駅からハイブリッド気動車のキハE200形に乗車して滑津駅に移動しました。
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中込駅のとなりの滑津駅は旧中込学校の最寄り駅になっています。
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旧中込学校は明治8年(1875年)に完成し、国内の学校建築のうち現存する最古級の擬洋風建築物で、長野県宝、国重要文化財に指定されています。
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中央の八角塔は、天井から太鼓を吊るして時を告げ、村人たちはこの太鼓の音で正午や10時、3時のお茶の時間を知り、いつしか「太鼓楼」と呼ぶようになったほか、窓に当時は珍しいガラスを使用していたことから「ギヤマン学校」ともよばれ、開校当時は見学する人たちが連日あとを絶たなかったといわれています。
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設計建築は、アメリカで建築を学んだ地元出身の市川代治郎で、建築費用のほとんどは村内篤志の寄附によって賄われ、人々の教育に対する情熱がうかがえます
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ご覧いただき、ありがとうございました。

青春18きっぷの旅 ②

小淵沢小学校の機関車を見に行く途中に重要文化財「平田家住宅」の看板があったので立ち寄ってみました。
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敷地内には、平田家住宅、郷土資料館、工芸文化伝習館などがあります。
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この施設全体が、ふるさと歴史公園として整備されたようです。
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平田家は、武田家臣であった山田但馬守の子孫と伝えられ、江戸時代には松向村の名主を勤めた旧家でもありました。建物の間口は約20m、奥行約11m、建坪は約60坪の茅葺、入母屋造りの大きな住宅で、平成元年には国指定の重要文化財になりました。
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旧平田家住宅の案内看板。
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時間がなかったので住宅内の見学はできませんでした。
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前庭には、川中島の合戦で騎乗の謙信が振るう刀を信玄が軍配団扇で振り払う、金属板で作られた像がありました。
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隣接する小淵沢町郷土資料館には、主に農業(稲作・養蚕)を中心とする生産用具、衣食住を中心とする生活用具、町内より発掘された土器などの考古関係物が展示されています。
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工芸文化伝習室では、 「わら細工工芸」 「機織り講座」 などの伝承講座が開かれるそうです。
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ご覧いただき、ありがとうございました。

徳川家綱霊廟勅額門(重要文化財)

鶯谷駅から徒歩10分ほどの場所に重要文化財の徳川家綱霊廟勅額門があります。
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徳川家霊廟(とくがわけれいびょう)は、江戸幕府の将軍職を務めた徳川将軍家歴代の墓所のことで、江戸(現・東京)の寛永寺と増上寺、及び栃木県は日光の輪王寺にありますが、このうち寛永寺と増上寺の霊廟は、大部分の建物が1945年(昭和20年)の戦災で焼失しました。
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ご覧いただき、ありがとうございました。

池田家上屋敷表門(黒門)

上野公園の東京国立博物館敷地内にある池田家上屋敷表門(黒門)はもともと旧丸の内大名小路(現丸の内3丁目)にあった鳥取藩(因幡・伯耆32万石)池田家江戸上屋敷の正門を移築したもので、正式には「旧因州池田屋敷表門」と言います。
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入母屋造屋根に、門の左右に向唐破風造の番所を設け、江戸時代末期の大名屋敷の門として最も格調が高いものとされます。明治25年(1892年)、芝高輪台町の常宮御殿の表門として移建され、のちに東宮御所として使用され、さらに高松宮家に引き継がれました。
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昭和26年(1951年)9月には重要文化財に指定され、その後、昭和29年(1954年)に、現在のこの場所に移築・修理されています。
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ご覧いただき、ありがとうございました。

岩崎邸(重要文化財)

旧岩崎邸は三菱財閥岩崎家の茅町本邸だった建物とその庭園を公園として整備したもので、園内の歴史的建造物は、国の重要文化財に指定されています。
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旧岩崎邸の敷地は、不忍池の南西方、台東区池之端一丁目(旧下谷区茅町)に位置し、文京区湯島と境を接している。「旧岩崎邸庭園」として公開されているのは旧邸宅敷地の一部にすぎず、かつての敷地は、西側の湯島合同庁舎、南側の湯島四郵便局や切通公園一帯を含んでいました。
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洋館、大広間、撞球室の3棟ならびに宅地が「旧岩崎家住宅」として国の重要文化財に指定されています。
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洋館は1896年(明治29年)に竣工し、岩崎家の迎賓館として用いられた西洋館です。木造2階建、屋根はスレート葺き、外壁は下見板張りとし、お雇い外国人として来日し、独立後は三菱・岩崎家の仕事を数多く手がけたジョサイア・コンドルの設計です。
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和館は洋館と同時期に竣工した書院造を基調とした和風建築です。明治期の大邸宅では、洋館と和館を並べ建て、和館を日常生活空間、洋館を公的な接客空間として使い分けることが多かった。
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洋館(南側)
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洋館(東側)
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撞球室
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