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京丸牡丹(遠州七不思議)

静岡県浜松市天竜区春野町気田に京丸という地区があり、その京丸と谷を挟んで南に位置する岩岳山の北側の人も鳥獣をも寄せつけぬ断崖絶壁には、唐傘大の牡丹の花が60年に一度咲くといわれ、見つけることが難しい幻の花「京丸牡丹」と呼ばれています。

(画像はイメージです)
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現在の京丸地区は、定住する人も無く、代々この地区の中心だった藤原本家の旧家屋と阿弥陀堂が残されているだけです。また、この地区はその昔、源氏との戦いに敗れた平家の人々が都から落ち延びて暮らした場所であるとも伝えられています。

(画像はイメージです)
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<京丸牡丹伝説>
昔、京丸の里の村長の家に、山道に踏み迷い病み疲れた若い旅人が担ぎこまれましたが、村長の娘の献身的な看病のおかげでしだいに元気を取り戻します。若者は健康を回復した後もそのまま村に残り、畑の収穫を手伝ったりして、とてもよく働きました。
いつしか若者と美しい村長の娘は恋仲となり、その噂は村人たちも伝わるようになります。村長は若い2人の仲を認めてやりたかったが、人里離れたこの村には掟というものがあり、よそ者との婚姻を固く禁じていたのです。
ある日のこと村長は旅の若者を諭し、この里から出て行ってもらうことになりましたが、それを知った村長の娘も村長がとめるのを振り払って若者のあとを追ったのでした。
村長は2人がどこか他所の土地で幸せに暮らしてくれることを願ったが、若い2人の安住の地はどこにもなく、あてもなくさすらったのち、数ヵ月後に乞食のようなみすぼらしい姿で再び村に舞い戻って来たのです。しかし、村の掟は不変であり、非情でした。2人はいつまでも村にとどまることは許されず、村を出されました。その数日後2人は里の近くを流れる川の渕に身を投げたのです。
以来、2人の魂は、その命日、美しい牡丹の花となって渓間に咲き、その散り落ちた花びらは、川の流れにのって流れるといい、悲しい恋の花を咲かせる谷を村人たちは牡丹谷と呼びました。

(画像はイメージです)
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昭和45年、静岡大学農学部の斉藤助教授(当時)ら京丸牡丹調査団が現地の植生調査を行いました。牡丹は見つけられませんでしたが、アカヤシオ、シロヤシオツツジの大群落の実態が明らかになり、そして4年後、ヤシオツツジは国の天然記念物に指定されました。
京丸牡丹の伝説は、岩岳山に咲くヤシオツツジの群生を大きな牡丹と見間違えたのではないか?大木となるツツジの珍しさを伝説に残したのではないか?とも言われています。
岩岳山(1369m)山腹には4月下旬~5月中旬にかけて3000本以上のヤシオが赤色、続いて白色へと盛期になり、見事な景観を呈します。

京丸の里は大自然・南アルプスの山の中にあり、昭和40年ごろに廃村となってしまった幻の里です。

ご覧いただき、ありがとうございました。

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