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天浜線一日フリーきっぷの旅 1/15 (金指駅)

天竜浜名湖鉄道(天浜線)の一日フリーきっぷを使って国の登録有形文化財を見て回りました。
この天竜浜名湖鉄道は、旧国鉄の特定地方交通線であった二俣線の掛川から新所原間を引き継いだ第三セクターの路線です。
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出発は金指駅からで、この駅は国鉄時代に蒸気機関車の撮影に何回か訪れた懐かしい駅です。
旧国鉄二俣線は、戦時中に東海道本線の天竜川や浜名湖の橋梁が敵軍の攻撃により不通になった際のバイパスとするため、昭和10年に掛川 - 遠江森間が開業し、昭和15年には全線開通しました。実際に迂回路として、昭和19年の東南海地震や昭和20年の浜松空襲で東海道本線が不通になった時に使われたそうです。
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<金指駅高架貯水槽> 国の登録有形文化財
鉄筋コンクリート造の高架貯水槽。4本のRC造脚の上に、外径4メートル、内容量約18トンのRC造の貯水槽が載る。特徴は貯水槽の頂部を円形にしているところです。中央に鉄管が残っており、基礎部には揚水ポンプがつけられていた跡が残存します。製作時期については明確な資料はありませんが、金指駅は昭和13年4月に開通しているので、そのときにはこの高架貯水槽も完成されていたと考えられています。
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金指駅は業務委託の有人駅で、平日7:15~16:15、土日祝9:00~16:15まで駅員さんがいます。また、併設の建物には、天浜線金指駅石窯焼ピザ piazza が営業しています。
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この手書きの駅名票は、私の記憶では旧二俣線時代から使われているものだと思います。当時の金指駅は住友セメント浜松工場のセメントを積出す駅であったことから運輸取扱収入の貨物部門では全国で49位、駅員も30名程いた大きな駅でした。また、1964年に全線廃止された遠州鉄道奥山線(浜松-奥山を結ぶ軽便鉄道)もこの駅に乗り入れており、当時の構内には二俣線内唯一の立派な連絡用跨線橋もあり、広い駅構内には転車台も設置された主要駅でした。
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駅港内は島式ホーム1面2線を有する地上駅で北西寄りに駅舎があります。また、夜間滞泊の運用もあり、終着・始発列車が運行されています。
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<金指駅上屋及びプラットホーム> 国の登録有形文化財
木造平屋建、切妻造、波形ストレート葺の旅客上屋に、プラットホームが一体となっています。妻面の上部は建板目板張りと腰横板張り。乗降場中央に、傾斜した柱を立てて三角形を形成する構造体を三組設置しています。その上部は、トラスを組み、棟木・母屋・軒桁を支えています。なお、上屋は全線開通の8年後(昭和23年)に建設されたものです。
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国の登録有形文化財のプレート。
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下り新所原行きの301列車が到着しました。
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金指駅は木造の駅舎で、朝夕は、学生の乗降客で活気あふれますが、日中は静かな駅です。奥山半僧坊、竜ヶ岩洞、日本絵馬資料館、龍潭寺等観光地への玄関口だけに、日・祭日には訪れる人々が多くみられます。地名は金あるいは鉄を採った残りかすを意味する「金ぐそ」が流れ込む川の周りにできた町ということより付けられたそうです。
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6時40分に下り303列車が到着。早朝の時間帯は新所原行きの下り列車が続きます。
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6時46分に、乗車予定の上り掛川行きの112列車、Re+(リ・プラス)号がやってきました。
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列車の窓が汚れていますが、宮口駅で下り305列車のうなぴっぴごーと交換です。
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ご覧いただき、ありがとうございました。
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