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旧芝離宮恩師公園(11月13日撮影)

旧芝離宮恩師公園は、小石川後楽園と共に、今東京に残る江戸初期の大名庭園の一つです。回遊式泉水庭園の特徴をよくあらわした庭園で、池を中心とした庭園の区画や石の配置は、非常に優れています。
明暦(1655~1658年)の頃に海面を埋め立てた土地を、延宝6年(1678年)に老中・大久保忠朝が4代将軍家綱から拝領しました。
忠朝は屋敷を建てるにあたり、藩地の小田原から庭師を呼び庭園を造ったと言われています。庭園は「楽壽園」と呼ばれていました。
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庭園は、幾人かの所有者を経たのち、幕末頃は紀州徳川家の芝御屋敷となりました。明治4年には有栖川宮家の所有となり、同8年に宮内省が買上げ、翌9年に芝離宮となりました。
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離宮は、大正12年の関東大震災の際に建物や樹木に大変な被害を受けました。翌年の大正13年1月には、皇太子(昭和天皇)のご成婚記念として東京市に下賜され、園地の復旧と整備を施し、同年4月に一般公開しました。また、昭和54年6月には、文化財保護法による国の「名勝」に指定されました。
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<海水取入口跡>
築庭当時は海水を取り込む“潮入りの池”で、潮の満ち引きによって池の水位が変わり、その表情が劇的に変化したという。現在では周囲の埋め立てなどによって水路が断たれ、池に海水を導くことができなくなり、淡水の池になっています。
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<石柱>
大久保氏が屋敷を構えて築庭した当初に茶室の柱に使われていたもので、相模の戦国武将、松田憲秀の旧邸の門柱を運んできたと伝えられている。
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<西湖の堤>
西湖は、中国の杭州(現在の浙江省)にある湖で、西湖堤は風光明媚な西湖の蘇堤を模した石造りの堤です。古来、詩歌や絵画の題材として珍重されました。西湖は江戸の人達の垂涎の場所でした。
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<九尺台>(九盈台)
「九尺」とは高さ。「盈」とは木や月が満ちるという意味です。海の波打ち際に造られたこの高台は、いつ造られたものか不明ですが、明治天皇が明治八年にこの庭園に行幸された際、この台上から、海で漁民たちが漁をする様子や海の眺望を楽しまれたところです。
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<十月桜>
花は中輪の八重咲きで淡紅色。10月頃から咲き始め翌春にも咲く、年2回花を咲かせる珍しいサクラです。
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