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青春18きっぷの旅五回目 京都鉄道博物館③(扇型車庫)

本館3階南にある展望デッキ「スカイテラス」から京都駅や京都タワーを見ることができます。
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南側は東寺の五重塔と新幹線を見ることができます。
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蒸気機関車の検査修繕に特化した専用検修庫が隣接する梅小路運転区内に新設され、連絡デッキから蒸気機関車検修の作業風景を見学することができます。当日はD51200号機の本線復活作業を行っていました。
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連絡デッキ反対側からは扇形車庫の全景を見渡せます。
看板も「梅小路蒸気機関車館」から「梅小路蒸気機関車庫」に変わっていました。
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<7100形7105号機 義経号>鉄道記念物
7100形は、1880年(明治13年)の北海道初の鉄道(官営幌内鉄道)の開業にあたり、アメリカ
から輸入された蒸気機関車で、ピッツバーグのH. K. ポーター社で合計8両が製造されました。
この機関車は番号の他に歴史上の人物にちなんだ愛称を付されていることでも知られ、西部劇
から抜け出てきたようなアメリカの古典的スタイルと、その愛称とともに日本の古典蒸気機関車
の代表格として親しまれています。
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<C61形2号機>準鉄道記念物
C61形蒸気機関車は、1947年(昭和22年)から1949年(昭和24年)にかけてD51形のボイラーを
流用して製造された急行旅客列車用テンダー式蒸気機関車で33両が製造されました。この日は
検査の都合なのか後ろ向きで展示されていました。
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<C62形2号機>準鉄道記念物
C62形蒸気機関車は、1948年から翌年にかけてD52形蒸気機関車の改造名義で49両が製造され、
その牽引力や重量から、輸送量を要求される、主に平坦地や、軟弱地盤の少ない東海道本線、山
陽本線など主要幹線の優等列車牽引に使用されました。
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<C11形64号機>準鉄道記念物
C11形蒸気機関車は、支線・区間運転用機関車群の代替用として1932年(昭和7年)から1947年
(昭和22年)までの16年間に381両が製造されました。
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<9600形9633号機>準鉄道記念物
9600形蒸気機関車は1913年(大正2年)から1926年(大正15年)までの間に770両が製造された
日本で初めての本格的な国産貨物列車牽引用のテンダー式蒸気機関車です。
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<D51形1号機>準鉄道記念物
D51形蒸気機関車は国内情勢が戦時体制へと突入し、貨物機の需要が非常に大きくなったため、
1936年から1945年(昭和20年)までの間に1,115両もの多数の車両が製造されました。
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<C62形1号機>準鉄道記念物
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<B20形10号機>準鉄道記念物
B20形蒸気機関車は、第二次世界大戦末期から終戦直後にかけて、主として入換え作業を目的
として15両が製造されました。
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<1070形1080号機>
1070形蒸気機関車(1070 - 1118) は、6200形および6270形を支線の小運転や入換に適するよう
に、従軸を1軸追加して、側水槽および炭庫・背水槽を増設し、タンク機関車に改造したもので、49
両が1925年(大正14年)から1928年(昭和3年)までに大宮工場、浜松工場および鷹取工場で改造
されました。
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<C55形1号機>準鉄道記念物
C55形蒸気機関車は、亜幹線旅客列車用として1935年(昭和10年)から1937年(昭和12年)までの
間に62両が製造されました。また、当時世界的に流線形ブームが起こっていたため、1936年製の2
次車(20 - 40)の21両は流線形デザインにて新造されました。
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<C58形1号機>準鉄道記念物
C58形蒸気機関車は、ローカル線用の客貨兼用機関車として1938年(昭和13年)から1947年(昭和
22年)にかけて、国鉄向けとして427両が製造されました。
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<D50形140号機>準鉄道記念物
D50形蒸気機関車は、第一次世界大戦に伴う国内貨物輸送需要の増大を背景として、また9600型の
後継機として1923年(大正12年)から1931年(昭和6年)の間に380両が製造されました。
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<D52形468号機>準鉄道記念物
D52形蒸気機関車は、第二次世界大戦中に1200tの貨物列車を牽引でき、東海道・山陽本線・函館・
室蘭本線で運用するためにD51形を改良して誕生した機関車で、民間メーカー5社と2か所の国鉄工場
で492両が製造される計画でしたが、終戦により285両で製造は打ち切られました。
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<C59形164号機>準鉄道記念物
C59形蒸気機関車はC53形蒸気機関車の後継機として1941年(昭和16年)から1943年(昭和18年)
までに100両、戦後の1946年(昭和21年)から1947年(昭和22年)までに73両の合計173両が生産
されました。
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<C53形45号機>準鉄道記念物
C53形蒸気機関車は、鉄道省がアメリカから輸入した3シリンダーのC52形を解析のうえ、国産化した
3シリンダー型のテンダー式蒸気機関車で1928年から1929年の間に97両が製造され、東海道本線・
山陽本線の特急・急行列車牽引用の主力として運用されました。
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<C51形239号機>準鉄道記念物
C51形蒸気機関車は、幹線旅客列車用として1919年から1928年の間に289両が製造されました。
従来と比較して飛躍的な性能向上を実現した機関車だったため、超特急「燕」などの優等列車や
お召し列車の専用機関車に指定されたりしました。
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<C56形160号機>準鉄道記念物
C56形蒸気機関車は、閑散支線に最適化された小型軽量で保守の容易な機関車として1935年
(昭和10年)から1939年(昭和14年)までの間に160両が製造されました。C56形は軽量小型で
ありながら長距離の運用に適する設計であったために軍部より注目され、太平洋戦争開戦直前
の1941年11月および12月に、製造された160両のうち半数以上の90両 (C56 1 - 90) が供出され
タイ・ビルマ(現・ミャンマー)へと送られました。
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<8620形8630号機>準鉄道記念物
8620形蒸気機関車は、1914年(大正3年)から1929年(昭和4年)の間に672両製造された日本
で初めての本格的に量産された国産旅客列車牽引用テンダー式蒸気機関車です。
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真夏でも扇形車庫内はヒンヤリしていて、石炭や油の臭いとともに居心地が良い場所です。
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こちらの二条駅ホームを模したベンチも懐かしい空気に包まれて休める場所でした。
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以前「梅小路蒸気機関車館時」は入口だった旧二条駅舎は、明治37年に建設され、現役時代は日本最古級の木造駅舎といわれていました。平成8年に京都市指定有形文化財に指定された駅舎の中には展示館の他、ミュージアムショップが設置されています。
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ご覧いただき、ありがとうございました。
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