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龍潭寺と井伊谷宮

最近、にわかにブームとなっている龍潭寺(りょうたんじ)に行ってきました。
龍潭寺は臨済宗妙心寺派の寺で、浜松市北区にあります。
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人気の理由はこれ! 2017年1月から放映されるNHK大河ドラマ 「おんな城主 直虎」ゆかりの寺なんです。
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柴咲コウ主演の井伊直虎(次郎法師)は井伊家第22代当主・直盛の一人娘。

直盛には男子がなく早くより娘(直虎)の許婚として従弟の井伊直親に家督を継がせる予定でしたが、直親の父が今川氏に殺され、直親(9歳)自身も命を狙われたため信州へ身を隠すことになります。
直虎は直親が亡くなったと思い、龍潭寺で出家し次郎法師を名乗りますが、11年後、井伊谷に直親が戻るも信州で援助を受けたと考えられる奥山親朝の娘を正室に迎えていたため、直虎はそのまま生涯を独身で貫きます。

その後、直親には虎松(24代直政)が生まれますが、1560年(永禄3年)、桶狭間の戦いで直虎の父・22代直盛が戦死。1562年(永禄5年)には23代直親が謀殺されると井伊家は存続の危機に陥ります。
翌年、20代直平死去。井伊の名を継ぐ男子は、直親の遺児、幼い虎松ただ一人となり、1565年(永禄8年) 龍潭寺南渓和尚の計らいで次郎法師はその後見人として井伊直虎と名乗り、女領主として井伊家を支えます。

井伊谷徳政令にみられる政治手腕は優れており、歴代当主に記名はないが、井伊家受難の時代を救った女領主として後世に語り継がれる人物です。 身を隠していた直政を1575年(天正3年)浜松城主家康公に仕えさせ、出世を見届けた直虎は、1582年(天正10年)激動の人生に幕をとじました。

墓は龍潭寺境内にあり、直親の隣に眠っています。
『しまった!お墓の撮影忘れてた・・・。』

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境内のモミジが黄葉していました・・・もう少し寒くなると赤く色付くようになると思います。
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<庫裡>文政12年(1815)建立
階段を上り詰めると正面に禅寺特有の美しい大破風の庫裡が建っています。
十四世仲山和尚代建立で間口は9間、奥行き14間の堂々たる近世の代表的建物です。
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<本堂>延宝4年(1676)再建。
本堂内の廊下は左甚五郎作、鴬張りの廊下として有名です。
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<仁王門>昭和62年(1987)建立。
仁王門は、本堂の真南にあり、寺全体の正面に位置して寺を守っています。
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寺を守る仁王像には迫力がありますが、この寺では境内側を木彫りの狛犬が守っており、
その目力に圧倒されます。
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境内側から見た仁王門。
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<開山堂>元禄15年(1702)建立。
本堂西にある朱塗りの楼閣造りの開山堂は開山黙宗瑞淵和尚を祀る建物で、塔上に井伊氏の家紋彦根橘、彦根井筒(井桁)が見られます。
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こちらは龍潭寺に隣接する井伊谷宮です。
井伊谷宮は明治維新の際、建武中興に尽力した人々を祀る神社が次々に作られた中の一つで、彦根藩の知藩事・井伊直憲が井伊谷に宗良親王を祭る神社創建を出願し、明治2年(1869年)にその手伝いをするよう命じられます。井伊谷は井伊氏発祥の地で、宗良親王は井伊道政と井伊高顕に助けられ、この地で死んだと伝えられています。
翌明治3年(1870年)の春に完成した神社は、はじめ宗良親王御社と呼ばれていましたが、明治5年(1872年)1月23日に井伊谷宮に改称になり、2月12日に鎮座祭が神祇省の役人によって行なわれました。
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ねじれた幹が神々しい御神木です。
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社務所では七五三の御祈祷の受け付けをしていました。
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拝殿。
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皇室とも縁がある神社のため、お賽銭箱には十六八重菊紋を使用しています。
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本殿裏には醍醐天皇の第四皇子で南北朝時代に征東将軍として関東各地を転戦した宗良親王の墳墓があります。
元中2年(1385年)8月10日に73歳で歿した地と伝えられ、(宗良親王の晩年は不明な点が多く、終焉の地については諸説ありますが、宮内庁ではこの地と定めています)神紋の李花紋は、歌人としても有名であった宗良親王の家集の題名に因むものです。
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この先にある墓所は、立入禁止になっていて普段は見ることができません。
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ご覧いただき、ありがとうございました。
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コメントの投稿

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はじめまして

綺麗な写真ですね。
素敵です。

ご覧いただき、ありがとうございます。

>戦国未来さま

はじめまして。
コメントありがとうございました。
デジカメって設定さえ間違い無ければ綺麗な写真が撮れるんです。(笑)

今まで遠州地域の神社仏閣など色々と撮影してきましたので、お時間がありましたら、過去の記事などご覧になってください。

宜しくお願いします。

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