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浅草寺

浅草寺では、江戸開府四百年記念事業として、周辺の商店主らの発案による“輝く21世紀の浅草”のスローガンのもと、国際都市浅草のイメージアップを目指し、平成15年10月1日より日没~午後11時頃まで、浅草寺本堂・五重塔・宝蔵門・雷門のライトアップが始められました。
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まず、雷門前にある浅草文化観光センターの8階屋上展望テラスに上りました。
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雷門から仲見世通りの夜景。
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仲見世通りの先には五重塔と宝蔵門(仁王門)が望めます。
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浅草寺は1350年以上もの歴史を持つ都内最古の寺院で、天下泰平の象徴、聖観音宗の総本山「浅草観音」として多くの信仰を集め国内のみならず、世界各国から、年間約3000万人もの参拝客が訪れる東京を代表する観光スポットです。
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浅草寺のシンボルとなっている赤い大提灯の「雷門」は、浅草寺の総門であり、正式名称は「風雷神門」といいます。その創建年代は詳らかではありませんが、平公雅が天慶5年(942)に堂塔伽藍を一新した際、総門を駒形に建立したと伝わっています。
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雷門の北の間(風雷神像の背後)に安置されている天龍像と金龍像は、水を司る龍神であり、浅草寺の護法善神で、昭和53年(1978)、松下グループ有志の寄進で、天龍は平櫛田中氏、金龍は菅原安男氏の作です。
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正月飾りが残る仲見世通りですが、18時半前後にはほとんどの店が閉まり、観光客も少なくなります。
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五重塔は、昭和48年(1973)に再建された鉄骨・鉄筋コンクリート造り
の塔で、外から見ると地上面から建っているように見えますが、実際は基
壇状の建物(塔院)の上に建っています。
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仲見世通りと本堂の間には、浅草寺山門の宝蔵門(仁王門)があります。
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別名で仁王門と呼ばれるように、両端には仁王像が奉納されています。
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小舟町と書かれた提灯は、高さ 3.75m・幅 2.7m、重さ 450kgあり、日本橋小舟町奉賛会より平成26年 (2014)10月奉納掛け換えされました。(4回目)
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宝蔵門の背後には、高さ 4.5m・幅 1.5m、重さ 500kg、藁 2,500kg使用の大わらじが奉納されています。この大わらじは仁王さまのお力を表し、「この様な大きなわらじを履くものがこの寺を守っているのか」と驚いて魔が去っていくといわれています。
現在の大わらじは、山形県村山市有志より平成30年(2018)10月に奉納されたものになり、昭和16年(1941)の初回以来、8回目になるそうです。
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宝蔵門の横に五重塔が建っています。
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宝蔵門の先にある本堂は、ご本尊の聖観世音菩薩を奉安することにちなみ、観音堂とも呼ばれています。旧本堂は国宝に指定されていましたが、昭和20年(1945)3月10日の東京大空襲により焼失し昭和33年(1958)に再建されました。
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本堂に入る前には、常香炉の煙で心身を清めてからお参りをするのが基本
で、煙を身体の悪い部分や、これから良くしたい箇所にあてると良いとさ
れています。
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本堂(観音堂)
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五重塔は、仏舎利を奉安したインドのストゥーパを起源とあい、最上層
には、スリランカのイスルムニヤ寺院から昭和41年(1966)に奉戴し
た仏舎利が納められています。
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東京スカイツリーと五重塔。
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月と五重塔。
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ご覧いただき、ありがとうございました。

大井川鐵道 102レ 20190112

蓬莱橋に立ち寄って帰る頃、102列車の時間が近付いていたので五和駅近くで待つことにしました。
早速、やって来たのは、この日3回目の遭遇になる7200系電車です。
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この2両編成の7200系電車は、それぞれが前後に運転台を持って単体で走行ができ、前後の形状も違います。
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続いてやって来たのは近鉄16000系特急用電車です。
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上り、102列車がやってきました。
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終点の新金谷駅ももうすぐです。
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ご覧いただき、ありがとうございました。

マンホールの蓋(島田市)

蓬莱橋の通行料を徴収する番小屋の横に綺麗なカラーマンホールを見つけました。
幕府により橋を架けることが禁じられていた大井川を、蓮台に乗り川越人足に担がれて越す様子が描かれています。
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こちらは以前撮影した 「蓮台越」「大井川」で一人乗りのデザインです。
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こちらも以前市内で撮影した日本三奇祭の一つの「帯祭」のデザイン。
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蓬莱橋

蓬萊橋は静岡県島田市の大井川に明治12年に架けられた全長897.422 m(巾2.7m)の木造橋(歩行者と自転車の専用橋)で、法律上は農道に分類され、島田市役所農林課の所掌なっています。
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牧之原台地の開拓農民らの出資により架けられたため、関係者以外からは通行料金をとったことから、現在も賃取橋(有料)になっています。(歩行者・大人=100円・小学生以下=10円 自転車=100円)
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平成9年(1997年)12月30日にはギネスブックに「世界一の長さを誇る木造歩道橋」として認定。
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蓬莱橋は、旧幕臣が茶畑として開拓した牧之原台地と、東海道の島田宿を結ぶために、1879年(明治12年)に架けられましたが、大井川の氾濫で幾度も被害を受けたため、1965年(昭和40年)に橋脚部分だけはコンクリート製にする改造を受けています。
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橋名は、徳川宗家の主で静岡藩知事でもあった徳川家達が、かつての家臣たちの激励のために訪れた時に、牧之原台地を宝の山を意味する「蓬莱山」に例えたことに由来するそうです。
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岸よりの橋脚の一部は、今でも木造のまま残っています。
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橋のたもとには、周辺の茶畑の開墾を支援したとされる勝海舟の銅像もあります。
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ご覧いただき、ありがとうございました。

大井川鐵道 101レ 20190112④

最後は久しぶりに田野口駅で撮影しました。
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撮影して戻る途中、福用で7200系電車に遭遇、この日2回目です。
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