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記念艦「三笠」 ③

艦橋及び上甲板に出てみました。

15cm副砲
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8cm砲(右舷)
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30センチ前部主砲
最大射程約1万mの、口径30cm主砲が2門装備されています。
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前甲板
前甲板には30cm主砲2門、主錨などが整備されています。
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最上艦橋
日本海海戦において東郷平八郎連合艦隊司令長官が戦闘の指揮をとった場所です。
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ご覧いただき、ありがとうございました。

記念艦「三笠」 ②

記念艦「三笠」の観覧時間
4月〜9月 9:00〜17:30
3月~10月 9:00〜17:00
11月〜2月9:00~16:30

休艦日
12月28日、29日、30日、31日

観覧料金
一般 600円
シニア(65歳以上) 500円
高校生 300円
小・中学生 無料
障害者 200円 介護者2名まで

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「三笠」は、英国ヴィッカース造船所に発注した6隻目の戦艦であり、明治35年(1902)3月に竣工、直ちに横須賀に回航され、日露関係が悪化し戦時体制に移行した明治36年12月、連合艦隊に編入され、その旗艦になりました。
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海図室
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操舵室
艦橋には磁気羅針儀、操舵輪、速力指示器などが装備されており、通常はここで艦の運航を指揮します。
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司令塔
装甲艦橋は35cmの厚い鋼板で囲まれ、中には磁気羅針儀、操舵輪、速力指示器が装備されており、司令長官、艦長等が敵弾から身を守りつつ戦闘を指揮し、艦を操縦するところです。
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人力操舵用舵輪
舵取機械が故障した時後部の舵機室において人力により直接操舵するもので船橋のものより大きくなっています。
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15cm副砲の操法展示
射撃指揮官、砲員3名の人型を配置し、射撃号令音声により目標を照準して発射するまでの流れを説明し、また、砲員1名の人型により弾薬の揚弾要領を展示しています。
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8cm砲(左舷)
上甲板中部の両舷にはそれぞれ4門の8cm砲が展示されております。これらの砲身は観覧者が自由に向きを変えられるようになっています。
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浴室・トイレ
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仮眠室のハンモック
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艦長室
艦長が執務を行い、来客を接遇する部屋です。艦を指揮する艦長には、このほか艦長寝室、艦長浴室があります。
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長官公室
東郷連合艦隊司令長官が隷下の艦隊司令長官、艦長などを召集して会議を行なう際に、また、東郷司令長官が来客を接遇する時に使われました。連合艦隊の作戦会議、バルチック艦隊の降伏文書調印なども、この長官公室で行なわれました。東郷平八郎元帥の遺髪が安置されています。
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長官公室の両側にも機関砲が設置されています。
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中央展示室
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戦艦「富士」 縮尺1/50模型
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戦艦「三笠」 縮尺1/50模型
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巡洋艦「和泉」の船首飾
艦首飾りは戦艦及び巡洋艦の艦首に飾られました。巡洋艦「和泉」は明治27年11月にチリから購入しました。(原名エスメラルダ)
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戦艦「三笠」の船首飾
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ご覧いただき、ありがとうございました。

記念艦「三笠」 ①

横須賀に出かけたのは日露戦争で活躍した戦艦三笠が記念艦として保存されているのを見るためでした。
三笠公園の入口を入って行くと・・・。
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大きな錨が置かれている米軍横須賀基地がありました。
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このゲートの奥が米軍基地ですね。
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遊歩道には色々なオブジェが並んでいます。
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「出合い」という題名のブロンズ像。
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灯台型の電話ボックス。
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遊歩道の先にあった「三笠公園」。
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公園内には戦艦三笠が記念艦として保存されています。
三笠は、大日本帝国海軍の戦艦で、奈良県にある三笠山(若草山)にちなんで命名されました。船籍港は京都府の舞鶴港で、1904年(明治37年)からの日露戦争では連合艦隊旗艦を務め、連合艦隊司令長官の東郷平八郎大将らが座乗しました。
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三笠の前には東郷平八郎連合艦隊司令長官の銅像が設置されています。
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この売店でチケットを購入して艦内を見学するのですが、この日は券売機が故障していたので、まずは外観の観察です。
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1925年(大正14年)1月に記念艦として横須賀に保存することが閣議決定され、
同年6月18日に保存のための工事が開始され11月10日に工事は完了しました。
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第二次世界大戦中もそのまま保存艦として置かれており、戦争末期の1945年になり横須賀港が空襲や機銃掃射を受けたものの被害を受けることはありませんでした。しかし戦後の物資不足により、取り外せそうな金属類はガス切断によって全て盗まれ、チーク材の甲板までも薪や建材にするために剥がされているという荒廃ぶりとなりました。その後、横須賀市から「三笠」及び周辺地の使用を委託された民間企業は、上甲板構造物を撤去した跡に、水族館、ダンスホールなどを設け、「三笠」を遊興施設に変えただけでなく、「三笠」の近くに保管されていた大砲、マストなどを売却してしまいました。
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遊興施設は一時賑わいを見せたものの次第に客足が遠のき、「三笠」は手入れされることなく放置され、錆まみれの鉄屑同然になってしまいます。
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昭和30年(1955)、三笠建造時の乗組員と親交が深かった英国の貿易商ルービン氏は、三笠の惨状を見て慨嘆し、その胸中をジャパンタイムスに投稿しました。この記事は内外に大きな反響を呼び、昭和33年11月、三笠保存会が再興され、全国的な規模で「三笠」復元運動が始まりました。
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復元工事は昭和34年(1959年)に開始され昭和36年(1961年)に完了し、同年5月27日に復元記念式が挙行されました。
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「三笠」は皇居に正対しており、艦首には艦首飾り(菊花紋章)が付けられ燦然と輝いています。
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横須賀港沖を行き交う船。
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三笠が保存されている場所からは猿島に渡る観光船が運航されています。
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ご覧いただき、ありがとうございました。

横須賀市諏訪神社例大祭

5月20日は天気が良かったので横須賀まで行ってきました。
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京急の横須賀中央駅を出るとお囃子の音が聞こえてきて、駅前には屋台が出ていました。
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後で調べたところ諏訪神社の例大祭だったようで、獅子舞も行われていました。
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諏訪神社の例大祭は横須賀中央にある若松町・米が浜通・本町・大滝町・小川町・日の出町の6つの町内のお祭りです。
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若松町の詰所には神輿も置かれていました。
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駅前には数多くの露店が並んでいます。
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子供の頃には無かったチョコバナナは人気があるのか複数の露店が見られました。
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横須賀らしく水兵さんの姿も見られました。
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駅前通りの両側にも露店がびっしりと並んでいます。
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電球ソーダという意味不明の飲み物が売られていましたが、電球型の器にソーダ水を入れただけの飲み物でした。
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横須賀・諏訪神社の例大祭は5/20(土)・5/21(日)と行われます。
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ご覧いただき、ありがとうございました。

京急 北品川

品川と北品川駅の間にある品川第一(八ツ山橋)踏切は、1日に上下700本以上の列車が走り抜けるため、“開かずの踏切”となっています。
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すでに北品川駅の隣りの新馬場駅まで高架になっているため、この高架を延伸させ、八ツ山橋を越える形に変更することが検討されているそうです。
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また、この踏切付近の線路はS字のカーブとなっており、通過に際しては低速運転を余儀なくされているため、同時にこのカーブを解消して時間短縮も可能になります。
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東海道線の上に架かる京浜急行のトラス橋は、昭和8年(1933)に北品川と高輪(現:品川)の間が専用軌道化された時に建造された長さ48mのワーレントラス橋です。 当鉄橋ができるまでは、京浜急行は八ツ山橋上に軌道を敷き、現在の品川駅前まで営業していました。
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踏切側から鉄橋を見ると、鉄橋内の線路が蛇のようにうねっていて撮り鉄たちの姿を多く見かける場所です。
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ご覧いただき、ありがとうございました。

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