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SLレトロ碓井

高崎に戻った後、信越線に乗り換えて横川駅に向かいました。

高崎12:22⇒横川12:56 信越線

この日は碓井号の運転日で、上り列車が「SLレトロ碓井号」として運行されました。
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横川駅で出発を待つC6120号機。
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後部には下り「ELレトロ碓井号」をけん引したEF6019号機が待機しています。
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このEF6019号機は唯一動態保存用として東日本旅客鉄道(JR東日本)に承継され車籍を有しており、主に上越線や信越線などのイベント列車の牽引や、両毛線などの工事臨時列車、高崎周辺の配給列車の牽引などに使用されています。
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C6120号機は、この日の運転後はしばらく運用に入っていないため、検査入場するようです。
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横川駅では列車の折返し時間に慌ただしく撮影して安中駅に向かいました。
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横川13:10⇒安中14:29 信越線


安中駅では発車シーンを撮影するため、駅東側で列車を待ちました。
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SLレトロ碓井号が安中駅に到着。
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発車!
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ドレインを出して加速します。
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後部補機を務めるC6019号機です。
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この日は浅間山の噴煙がよく見えていました。撮影後は列車を乗り継いで帰宅しました。
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安中16:17⇒高崎16:29信越線
高崎16:40⇒品川18:48 高崎線(東京上野ライン)



ご覧いただき、ありがとうございました。
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上信電鉄

富岡製糸場には高崎から上信電鉄を利用して行ってきました。
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馬庭駅で交換した1000系電車は、1976年に導入した、上信電鉄の自社発注オリジナル車両です。
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この日上州富岡まで乗車した7000形電車は、2013年に運行を開始した約31年ぶりの自社発注の新製車両でした。
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7000形電車の車内。
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上州富岡駅で交換した150形電車第1編成(クモハ151-クモハ152)は、西武鉄道から1992年に譲渡された車両で、前面は国鉄101系電車に影響された切妻3枚連続窓になっています。
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上州富岡駅は、島式ホームおよび単式ホーム2面3線の地上駅で、駅構内にはインフォメーションスペースが設置されており、富岡製糸場を含めたまちの観光案内などが掲示されています。
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高崎行きの上り列車がやってきました。
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この150形第3編成(クモハ155-クモハ156)は、1966年3月西武所沢車両工場製で、1996年に西武鉄道から譲渡された車両です。
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この電車に乗って高崎に戻りました。
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上州富岡11:38⇒高崎12:08 上信電鉄

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この広告を見て、一瞬、プロレスラーの大仁田厚が病院を経営しているのかと思いました。(笑)
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上信電鉄には、鉄道むすめ「富岡しるく」がキャラクターとして設定されています。
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高崎駅にはED316電気機関車がナンバーを外されてペンキ書きで留置されています。
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ED316電気機関車は1955年(昭和30年)に廃車となった日本国有鉄道のED31形6号機(元伊那電気鉄道デキ1形電気機関車6号機)を譲受して、自社工場で車体・機器の改造を行った後、車両番号はそのままにED316として導入しました。入線前は運転室部分の前後にボンネットを持つ凸型の車体でしたが、入線時に自社工場において元の車体や台枠を活用しつつ、ほぼ同寸法で右側運転台のデッキ付き箱型車体に改造されました。
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高崎駅にはデキ1形電気機関車の2両も留置されていました。このデキは1924年(大正13年)、上信線が改軌・電化した際に、3両(デキ1・デキ2・デキ3)をドイツのシーメンスシュケルト社から購入した、小型の凸型機関車です。
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1994年(平成6年)9月23日の貨物輸送廃止に伴いデキ2が廃車されました。デキ1とデキ3は貨物輸送廃止後も車籍を有していますが、定期運用はなく、工事列車や臨時列車などに使用されています。
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デキ3の側面に取り付けられている製造銘板にはシーメンス社のシリアルナンバーが記載されています。
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デキ1と3ではボンネット側面の点検扉の有無の違いがあります。
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デキの隣には1981年に新潟鐵工所で製造された自社発注オリジナル車両の6000系電車が留置されていました。
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ご覧いただき、ありがとうございました。

富岡倉庫(株)

富岡諏訪神社を過ぎると富岡市役所がありました。
旧「富岡市」は、昭和29年4月1日に富岡町・小野村・黒岩村・一ノ宮町・高瀬村・ 額部村の2町4村が合併、市制施行して成立しました。その後、30年に吉田村、34年に福島町の一部、35年に丹生村を編入し、平成18年3月27日には旧「富岡市」と「妙義町」が合併し、現在の富岡市が誕生しました。
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市役所向かいある富岡倉庫は、赤レンガと大谷石、土蔵の倉庫で、現在は乾燥場の1階部分を「おかって市場」として食料品店が使用しています。かつては繭の乾燥場で、食料品店の二階は今でも乾燥場が残っています。
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右側の倉庫は1903(明治36)年建築とみられる2階建てれんが造り倉庫(1号倉庫、延べ床面積約500平方メートル)
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この日はフリーマーケットが行われていたようで、訪問時は片付け中でした。
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この英国式れんが造り倉庫は、世界文化遺産の「富岡製糸場と絹産業遺産群」を観光客に紹介する施設「世界遺産センター(仮称)」として2018年度をめどに開設することが決まりました。
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レンガの積み方は、富岡製糸場(フランス積み)とは違うイギリス積みとなっています。富岡製糸場の近くにありますが、富岡製糸場とは特別な関係は無かったようです。
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石積み倉庫(2号倉庫)は大正12年頃に建てられ、 大谷石積みの重厚な作りです。
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こちらは土蔵の倉庫。
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ご覧いただき、ありがとうございました。

富岡諏訪神社

富岡製糸場の帰り、赤い鳥居の神社があったので立ち寄りました。
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境内に進むと石の鳥居があり、富岡諏訪神社の名が書かれた看板が立っていました。
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諏訪神社の創建は不詳ですが、諏訪大社(信濃国一之宮:長野県諏訪地方)の分霊が勧請されたのが始まりとされます。当初は甘楽郡宮崎村(現在は富岡市宮崎 貫前神社西方の小高い場所)に鎮座していましたが、天正18年(1590)宮崎城が豊臣軍の上杉勢に攻められ落城、その後徳川家康の重臣奥平信昌が3万石で入封、慶長6年(1601)に信昌が美濃加納藩(岐阜県岐阜市)に移封になると宮崎城は廃城となり、城下にあった民家は新田開発にが行われていた富岡に移され、それに伴い諏訪神社も現在地に遷座しました。
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江戸時代に入ると幕府から庇護され、3代将軍徳川家光から社領10石が安堵し朱印状が発布されています。
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現在の社殿は昭和9年(1934)に群馬で陸軍大演習が行われ、それに伴い大改築したものです。
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拝殿は入母屋造り、平入り屋根、桟瓦葺、桁行5間、正面1間唐破風向拝付です。
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向拝には精緻な龍と神子の透かし彫が施されています。
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木鼻には木彫りの獅子と漠が施されています。
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正面に獅子、側面は獏です。
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ご覧いただき、ありがとうございました。

世界遺産 富岡製糸場Ⅳ

1939(昭和14)年から事業を引き継いだ、片倉製糸紡績会社(片倉工業)の時代に建てられた木造平屋建ての診療所です。渡り廊下で診療所や病室をつないでいます。
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首長館(重要文化財)
指導者として雇われたフランス人 ポール・ブリュナが家族と暮らしていた住居です。コロニアル様式で、床が高く、建物の四方にベランダが回り、窓にはよろい戸を付けた風通しの良い作りとなっています。ブリュナが去った後は工女の寄宿舎や教育・娯楽の場として利用されました。
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昭和15年、片倉製糸紡績会社(片倉工業)の時代に建てられた寄宿舎。
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ブリュナ館の西に隣接する榛名寮は、明治期に建てられた洋風建築です。
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検査人館(重要文化財)
生糸の検査などを担当したフランス人男性技術者の住居です。首長館と同様、コロニアル様式が採用され風通しの良い造りになっています。後に改修され現在は事務所として使用されています。2階には政府の役人や皇族が訪れた際に使用された「貴賓室」があります。
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