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ゆく年 2016年

先日、浜松町の貿易センタービルに夜景の撮影に行ってきました。
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今年も残すところ一日となりましたね。
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2017年はどんな年になるのでしょうか・・・?
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明るい話題が多い年になってほしいですね。
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今年もご覧いただき、ありがとうございました。
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来年も、よろしくお願いいたします。
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それでは、良いお年をお迎えください。
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ご覧いただき、ありがとうございました。
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青春18きっぷの旅Ⅱ(信越線)① 

青春18きっぷの旅の2回目は信越線の「SLレトロ碓井号」の撮影に行ってきました。

品川 6:10 ⇒ 高崎 8:16
高崎 8:42 ⇒ 安中 8:54



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安中駅から徒歩で約20分ほどの信越線で有名な碓井川に架かる安中橋梁に向かいました。
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この日は天気が良くて妙義山を望むことができました。
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雪を被った浅間山も見ることができました。
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10時過ぎに汽笛が聞こえ、遠くに煙が見えてD51498号機がやってきました。
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旧型客車の「レトロ碓井号」でしたが、煙が出過ぎて客車がかくれてしまいました。
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安中駅の南側には東邦亜鉛の製錬所があり、福島県いわき市からほぼ毎日、常磐線・高崎線を経由して亜鉛焼鉱・亜鉛精鉱の貨物輸送が行われています。安中駅構内には東邦亜鉛専用線のDB301が留置されています。
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安中 11:32 ⇒ 横川 11:53


撮影後、後続の電車で横川駅に向かいました。
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横川駅に停車中のD51498号機と115系電車。
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横川駅では和太鼓で「SLレトロ号」を迎えていました。
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ホームでは記念撮影の列ができていました。
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全国でも残り少なくなった旧型客車ですが高崎車両センターには7両の旧型客車が配置され、SLなどのイベント列車に使われています。
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信越線は横川で行き止まりになっており、転車台の設備もないため、帰りは「ELレトロ碓井号」として運行されています。
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この日のEL牽引機はEF6019号機が担当していました。
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ご覧いただき、ありがとうございました。

クリスマストレイン (大井川)鐵道)

大井川鐵道で行われていた、トーマスとジェームのスクリスマスの特別運転に最終日の下り列車のみ出かけることができました。3時までに帰宅しなければならない用事があったため、効率よく撮影できる家山駅の入線&発車を撮影してきました。
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浜離宮恩賜庭園(11月13日撮影)

浜離宮恩賜庭園は、潮入の池と二つの鴨場をもつ江戸時代の代表的な大名庭園です。潮入の池とは、海水を導き潮の満ち干によって池の趣を変えるもので、海辺の庭園で通常用いられていた様式です。
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この地は、寛永年間(1624~1644年)までは、将軍家の鷹狩場で、一面の芦原でした。ここに初めて屋敷を建てたのは、四代将軍家綱の弟で甲府宰相 の松平綱重。承応3年(1654年)、綱重は将軍から海を埋め立てて甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建てる許しを得ました。その後、綱重の子供の綱豊(家宣) が六代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家の別邸となり、名称も浜御殿と改められました。以来、歴代将軍によって幾度かの造園、改修工事が行なわれ、十一代将軍家斉のときにほぼ現在の姿の庭園が完成しました。
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明治維新ののちは皇室の離宮となり、名前も浜離宮となりました。その後、関東大震災や戦災によって、御茶屋など貴重な建造物が焼失したり樹木が損傷し、往 時の面影はなくなりましたが、昭和20年11月3日、東京都に下賜され、整備のうえ昭和21年4月有料公開されるに至りました。
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国の文化財保護法に 基づき、昭和23年12月には国の名勝及び史跡に、同27年11月には周囲の水面を含め、国の特別名勝及び特別史跡に指定されました。
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<三百年の松>
六代将軍家宣が庭園を大改修したとき、その偉業をたたえて植えられた松で、太い枝が低く張り出し、堂々たる姿を誇っています。
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旧芝離宮恩賜庭園、清澄庭園、旧安田庭園なども昔は潮入の池でした。しかし現在、実際に海水が出入りしているのは、ここだけです。浜離宮は、この潮入りの池や鴨場を中心にした南庭と、明治時代以降に造られた北庭とに大別されます。
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<お伝い橋と中島の御茶屋>
潮入の池の岸と中島を結ぶ、お伝い橋。中島には「中島の御茶屋」があり、水の面に映える橋と茶屋の姿は、風趣に富んでいます。かつては、眺めもよく、海の かなたに房総を望め、夕涼みや月見に使われたようです。現在の御茶屋は、昭和58年に再建され、抹茶を楽しむことができます。
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旧芝離宮恩師公園(11月13日撮影)

旧芝離宮恩師公園は、小石川後楽園と共に、今東京に残る江戸初期の大名庭園の一つです。回遊式泉水庭園の特徴をよくあらわした庭園で、池を中心とした庭園の区画や石の配置は、非常に優れています。
明暦(1655~1658年)の頃に海面を埋め立てた土地を、延宝6年(1678年)に老中・大久保忠朝が4代将軍家綱から拝領しました。
忠朝は屋敷を建てるにあたり、藩地の小田原から庭師を呼び庭園を造ったと言われています。庭園は「楽壽園」と呼ばれていました。
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庭園は、幾人かの所有者を経たのち、幕末頃は紀州徳川家の芝御屋敷となりました。明治4年には有栖川宮家の所有となり、同8年に宮内省が買上げ、翌9年に芝離宮となりました。
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離宮は、大正12年の関東大震災の際に建物や樹木に大変な被害を受けました。翌年の大正13年1月には、皇太子(昭和天皇)のご成婚記念として東京市に下賜され、園地の復旧と整備を施し、同年4月に一般公開しました。また、昭和54年6月には、文化財保護法による国の「名勝」に指定されました。
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<海水取入口跡>
築庭当時は海水を取り込む“潮入りの池”で、潮の満ち引きによって池の水位が変わり、その表情が劇的に変化したという。現在では周囲の埋め立てなどによって水路が断たれ、池に海水を導くことができなくなり、淡水の池になっています。
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<石柱>
大久保氏が屋敷を構えて築庭した当初に茶室の柱に使われていたもので、相模の戦国武将、松田憲秀の旧邸の門柱を運んできたと伝えられている。
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<西湖の堤>
西湖は、中国の杭州(現在の浙江省)にある湖で、西湖堤は風光明媚な西湖の蘇堤を模した石造りの堤です。古来、詩歌や絵画の題材として珍重されました。西湖は江戸の人達の垂涎の場所でした。
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<九尺台>(九盈台)
「九尺」とは高さ。「盈」とは木や月が満ちるという意味です。海の波打ち際に造られたこの高台は、いつ造られたものか不明ですが、明治天皇が明治八年にこの庭園に行幸された際、この台上から、海で漁民たちが漁をする様子や海の眺望を楽しまれたところです。
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<十月桜>
花は中輪の八重咲きで淡紅色。10月頃から咲き始め翌春にも咲く、年2回花を咲かせる珍しいサクラです。
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