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鷺舞 (7月20日撮影)

津和野の鷺舞は天文11年(1542)に時の津和野城主吉見正頼(11代)が山口の祇園会から移し入れた芸能神事ですが、本元は京都の八坂神社祇園会に伝えられたもので、京都から山口へ、山口から津和野へと伝えられた、中国の七夕伝説を端緒にするものとされています。
坂崎出羽守の時代に一時中絶しましたが、亀井氏の時代になって茲政(2代藩主)は、寛永20年(1643年)坂田兵左衛門、柴屋彦両人を京都に派して京都祇園会の鷺舞を直接習得させ、以後四百年に亘る今日まで受継がれています。
当屋制の事、鷺舞屋敷の事、諸々の儀式、ならわし等は時代の変遷に伴い省略されて記録に残るのみですが、鷺舞そのものは正しくうけ継がれ大事に保存されて「日本に只1つ残る鷺舞」と云われています。貴重な無形文化の遺産として学術的にも高く評価され、1994年に国の重要無形民俗文化財に指定されました。



我が家に竹細工の鷺舞の飾り物があります。
今から40年ほど前、高校の修学旅行で萩・津和野を訪れて土産に
買ったもので、一度は実物を見てみたいと思っていました。
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その後、SLやまぐち号の撮影で、度々津和野を訪れておりましたが、鷺舞は一度も見たことはありませんでした。(津和野駅舎壁面には鷺舞をデザインしたタイルが貼られています)
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津和野小学校の校舎にも鷺舞が描かれています。
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津和野の街中で見つけた鷺舞の暖簾は風情がありますね。
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鷺舞は津和野の弥栄神社に伝わる古典芸能神事で、毎年祇園祭りの7月20日(ご神幸の日)は町内11ヶ所、27日(ご還幸の日)は町内9ヶ所の昔から定められた場所で舞います。
今年は7月20日が土曜日で、やまぐち号の運転もあり、合わせて鷺舞も見ることができるので急遽出かけることにしました。



上り9522レを津和野川橋梁で撮影後、対岸の弥栄神社に向かいましたが、すでに弥栄神社での鷺舞は終了しており、町内各所での舞に出かけるところでした。
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津和野城跡(嘉楽園)の鷺舞は動画で撮影。伝統舞踊は音と動きがあるので動画が良いですね。
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鷺舞の構成は、舞方・囃方・唄方など総勢20~30人により町内各所で舞を披露します。
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【鷺舞の歌詞】

橋の上におりた 鳥はなん鳥

かわささぎの かわささぎの

ヤーかわささぎ さぎが橋を渡した

さぎが橋を渡した

時雨の雨に ぬれとりとり

ヤーかわささぎ さぎが橋を渡した

さぎが橋を渡した


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ご覧いただき、ありがとうございました。
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9522列車 (7月20日撮影)


山口・島根を襲った集中豪雨で山口線の橋梁が流されたり大変な被害が出ています。
一週間前に訪れていただけに、あまりの凄さに驚きを隠せません。
被害に遭われた皆様には心よりお見舞い申し上げます。
SLやまぐち号もしばらくは運休になりますが、一日でも早い復旧を願っております。




鷺舞神事が弥栄神社で行われるのが15時からで、9522レの津和野発車が15時19分なので、見事に被ってしまいます。どちらを優先しようか悩んだ結果、9522レを津和野川橋梁で撮影後、鷺舞に向かうことにしました。

9522レを待つ間、対岸の山口線ガード下を鷺舞神事の行列が通り過ぎます。
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9522レの通過直前に突如現れた親子連れ・・・まぁ、これもご愛敬かな(笑)
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津和野の鯉 (7月20日撮影)

津和野は鯉が泳ぐ城下町として有名ですが、これは江戸時代、城中や家老の屋敷で観賞と戦乱時の非常食用に鯉が飼わていたのを、町の人びとが真似しはじめたのがきっかけだといわれ、もとは鯉のほとんどが黒くて大きい真鯉でした。
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津和野大橋から津和野川を覗くと大きな真鯉が群れて泳いでいるのが見えます。
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津和野大橋の傍らには鷺舞の像が建っています。
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津和野カトリック教会 (7月20日撮影)

津和野という地は、幕府が長崎浦上村の153名のキリシタン信徒を改宗させるために預けられた場所です。信徒達は乙女峠の廃寺に収容されて、ついには拷問による棄教が強要されるようになり、36名の殉教者を出すことになってしまいました。
明治6年に帰されましたが、改宗した者54名、信仰を守った者は63名だったそうです。
この乙女峠の悲劇を繰り返さないとの願いから、明治25年に津和野カトリック教会が創設されました。その後、初代教会は全焼しますが 昭和6(1931)年にドイツ人ヴェケレーによって現在の西洋ゴシック建築に建て替えられました。

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城下町の古い町並みに西洋ゴシック建築の建物はひときわ目を引きます。
登録有形文化財にも指定されています。
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内部に入ると鮮やかなステンドグラスが印象的です。
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ステンドグラスを通した木漏れ日が鮮やかに映っていました。
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礼拝堂内部は24畳の畳敷きの和風の造りになっています。
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子鷺踊り (7月20日撮影)

子鷺踊りは、子供達に伝統行事に関心を持って欲しいという願いから、1958年(昭和33年)より始められたもので地元小学生の女子児童による行列です。鷺舞神事と同じ7月20日・7月27日に披露され、可愛らしい衣装を身にまとった郷土色豊かな舞は、見物客に親しまれています。

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子鷺踊りは13時に津和野小学校を出発して鷺舞同様に町内数か所で踊りを披露します。
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両手、両足に付けられた鈴がチリンチリンと鳴り響いていました。
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子鷺たちは古い町並みを移動して踊りを披露します。
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この日の気温は35℃近くあり、子供たちでも炎天下での踊りは大変です。
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休憩~!みんな熱中症にならないように水分補給をしていました。
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