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大梅山・慈恩寺

大梅山・慈恩寺は、静岡県磐田市見付に所在する臨済宗(京都・妙心寺派)のお寺で、ご本尊は聖観世音菩薩。
開山は玖山和尚で、中興開山は天文年間(1532~55)の梅翁和尚。末寺瑠璃光寺を合併して薬師如来を安置しました。
また、慈恩寺は遠州四十九薬師の49番目の札所にもなっています。



慈恩寺山門。
01_慈恩寺・山門


山門に架かる慈恩寺の表札。
02_慈恩寺


本堂前には白壁の門がありました。
03_慈恩寺


慈恩寺の説明板。
04_慈恩寺


本堂は新しく建て替えられたようです。
P1120932_慈恩寺・本堂


永代供養塔。
P1120933_慈恩寺・永代供養塔


四十六番と書かれたお地蔵様が祀られていました。
P1120934_慈恩寺


赤い帽子と涎掛けのお地蔵様。
P1120935_慈恩寺


慈恩寺境内。
P1120936_慈恩寺


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嶺松山・省光寺

嶺松山・省光寺は、静岡県磐田市見付に所在する時宗のお寺で、本尊は阿弥陀如来。
建立年代は不詳ですが、古くは真言宗、後に時宗に改宗しました。中興開山六代住職・慈海和尚が足利氏一族の出身で足利幕府の時代には大変栄え「御所道場」の称号を受けていたと寺伝にあります。明治五年(1872)に学制が発布され、見付学校の開校にあたっては、本校舎として使用され、毎日授業が行われていました。また、大正年間には、見付技芸学校にも使われ、教育史の上で重要な役割を果たした寺院です。



鐘楼門。
P1120884_省光寺


省光寺の説明板。
P1120885_省光寺


鐘楼門と本堂。
P1120887_省光寺


天萬地蔵は、子授け・安産・子育てに御利益があると言われています。南北朝の争乱の時、足利尊氏は、三男を出家させ、戦死者を供養させました。父・尊氏の念持仏を授けられた省光寺六世慈海和尚は、見付の東の丘陵地に堂を建て、そこに、この地蔵尊を安置したそうです。
P1120889_省光寺


本堂。
P1120890_省光寺


本堂前に樹齢二~三〇〇年前と推定されている大イチョウの老木があります。
P1120891_省光寺


この大イチョウは磐田市の指定天然記念物になっています。
P1120892_省光寺


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日照山・大見寺

日照山・大見寺は、静岡県磐田市見付に所在する鎌倉時代に創建された浄土宗京都・知恩院派のお寺で、本尊は阿弥陀三尊仏。
大見寺一帯は中世に今川氏の城館・見付端城(古城)の一画をなし、元禄期の絵図や付近の試掘調査などにより、その存在がほぼ確認されました。境内の南・西にわずかに残る土塁跡により往時をしのぶことができます。また、江戸時代に人力飛行機を発明した浮田幸吉の墓もあります。




山門。
P1120872_大見寺


山門には進入禁止の標識が・・・。
P1120873_大見寺


三界万霊供養塔に集められた墓石。
P1120874_大見寺


本堂。
P1120875_大見寺


本堂・拝殿。
P1120876_大見寺


稲荷神社。
P1120877_大見寺


本堂前に祀られていた子育て地蔵。
P1120878_大見寺


付近一帯は室町初期に今川氏の城が会った場所で、近くの公民館の入口に城址碑もあります。
P1120880_見付端城跡


見付端城の石碑。
P1120879_見付端城跡


郡役所跡の石碑もありました。
P1120881_郡役所跡


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春日神社

春日神社(かすがじんじゃ)はJR舞阪駅の南東300mの浜松市西区馬郡町1882-2に鎮座しています。

祭神
 武甕槌命(たけみかのづちのみこと)
 経津主命(ふつぬしのみこと)
 天児屋根命(あめのこやねのみこと)
 比賣神(ひめのかみ)

例祭日:十月中旬




参道と鳥居。
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鳥居をくぐると右手にある社務所。普段は扉が閉まっていますが、今頃は忙しいでしょうね。
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左手には手水舎があります。
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手水舎は2体のカエルの石像に見守られていました。
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拝殿前に掲げられた春日神社の案内板。
由緒:往昔、永徳元年(1381)秋、甲州行脚の沙門律師・日朝が当地へ廻国の折、神仏深理と悟し一社を建立するのを願い、後小松天皇の御年應永二甲戌年(1395)8月15日、春日大明神の神札を奉祀勤請しました。
後、天正12年(1584)以来数度の改築があり、慶安元年(1648)10月24日徳川三代将軍より朱印六石の下賜がありました。明治6年(1873)3月村社に列し、同7年末社を合祀しました。昭和8年(1933)7月18日、本殿、拝殿、幣殿を改築遷宮し、以後現在にいたります。
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神社境内では、このような水準点(高さを測る基準点)をよく目にします。
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拝殿両脇には狛犬ではなく、雄雌の鹿が祀られています。
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実は神社の境内に鎮座している動物は獅子・狛犬だけではありません。稲荷神社に行けば狐が社殿を守っていますし、天満宮(天神社)の牛、日吉神社の猿、熊野神社・住吉神社・羽黒神社・諏訪神社の鴉、八幡神社の鳩、三峯神社・宝登山神社の狼などがあります。
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ここ春日神社は、鹿島神社・厳島神社とともに、鹿が神のお使い(神使)として祀られています。
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拝殿の後方には赤い春日造りの本殿があります。
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そう言えば、私たちの子供の頃は、神社は遊び場になっていましたが、今ではあまり子供たちを見なくなりましたね。
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浜松祭り:御殿屋台


浜松祭りには昼の凧上げ合戦と夜の御殿屋台の引き回しがあります。
御殿屋台引き回しは、その昔、凧揚げから帰る若衆を迎えるために、底抜け屋台を造って練り歩いたのが始まりと言われています。その後、お囃子が屋台に乗るようになり、見事な彫刻が施された御殿屋台が出現するようになりました。浜松祭りに参加している御殿屋台は104台あり、その内83台が中心街を練り歩きます。



【東菅原町】
唐破風軒搦入母屋造り。昭和37年制作。大工は御嶽一郎。彫師は早瀬利三郎。彫物図柄は「菅原道真、唐獅子と牡丹、十二支」
001_東菅原町



【西菅原町(菅組)】
重層唐破風入母屋造り。平成2年制作。彫物図柄は「昇龍、降龍、龍雲」
002_西菅原町

003__西菅原町



【亀山町(亀山組)】
重層式入母屋造り。昭和33年制作。大工は小池工務店(小池佐太郎)。彫師は岩田新之助。彫物図柄は「鶴亀、乙姫、浦島太郎、亀」
004_亀山



【高町(おかめ連)】
唐破風軒搦入母屋造り。昭和25年制作。初代は昭和7年作の御殿屋台で昭和20年6月18日の空襲で焼失。
005_高町

006_高町



【元魚町(も組)】
唐破風入母屋造り。昭和28年制作。大工は平野孝。彫師は浦部一郎。
007_元魚町

008_元魚町



【塩町(志保連)】
二層式唐破風軒搦入母屋造り。昭和26年制作。大工は高塚房太郎。彫師は浦部一郎。彫物図柄は「仙人と張良、加藤清正の虎退治、唐獅子」
009_塩町

010_塩町



【鴨江町】
重層入母屋造り。昭和42年制作。大工は三嶽一郎。彫師は早瀬利三郎。 先代は昭和41年ごろ、浜松市小沢渡町に売却。
011_鴨江町

012_鴨江町



【鴨江北町(鴨北組)】
桃山式二層唐破風。平成元年制作。彫物図柄は「七福神、鯉仙人、牡丹、獅子」
P1170517_鴨江北町



【栄町(栄組)】
掛塚型。昭和27年制作。彫師は岩田新之助。彫物図柄は「戦国絵巻」
013_栄町

014_栄町



【池町(池組五色連)】
重層唐破風入母屋造り。昭和34年制作。大工は高塚房太郎。彫師は浦部一郎。彫物図柄は「水鳥、七福神、金太郎」
015_池町



【旅籠町(桔梗連)】
重層唐破風入母屋造り。大工は平野孝。彫師は彫松。彫物図柄は「雌雄の龍、唐草模様、菖蒲、牡丹」
016_旅籠町



【平組(平田(なめだ)町)】
一層唐破風。
017_平田町



【天狗連(千歳町)】
桃山式三手崎出組造り。昭和27年4月再建。2代目。大工は高塚房太郎(浜松市)。彫師は江坂鐘平、兵衛親子。大正4年頃に底抜け屋台から始まり、花屋台を経て御殿屋台の登場となるが、戦災で焼失。
019_千歳町

018_平田町



【か組(鍛冶町)】
重層唐破風入母屋造り。昭和25年制作。大工は小池工務店(小池佐太郎)。彫師は江坂鐘平。彫物図柄は「能、東海道五十三次、町童」
020_鍛冶町



【肴町(魚組)】
一層式唐破風風造り。昭和28年制作。大工は平野孝。彫師は渡辺一郎。彫物図柄は「桃太郎、天女羽衣の舞、日鶴、鯛」
021_肴町



【伝馬町(て組)】
重層総欅造り。昭和32年制作。大工は御嶽一郎。彫師は浦部一郎。彫物図柄は「日本昔ばなし、呉道子の龍、唐獅子牡丹」
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【大工町(大組)】
二層唐破風総白木造り。昭和29年制作。大工は小池佐太郎。彫師は彫松。彫物図柄は「御伽はなし」
P1170608_大工町



【松城町(マ組)】
総檜白木大唐破風重層造り。昭和34年制作。大工は三嶽一郎。彫師は中山亮一。彫物図柄は上屋鬼板は「龍」、懸魚は「麒麟」。下屋鬼板は「花咲爺」、懸魚は「松と鷹」、御簾脇は「昇龍、降龍」、木鼻は「獅子」
P1170592_松城町

023_松城町



【板屋町(い組)】
大唐破風重層造り。昭和25年制作。大工は高塚房太郎。彫師は浦部一郎。彫物図柄は「金太郎、七福神、巻龍、浜と松」
024_板屋町



【早出(そうで)町(早出組)】
重層唐破風入母屋造り。平成3年制作。彫師は山田峨聖。彫物図柄は「神話伝説」
025_早出町



【芳川町大橋(芳組)】
平成元年天竜市本町より購入。大正11年制作。彫物図柄は「仙人と弟子、十二支」
026_芳川町

027_芳川町



【助信町】
重層白木造り。昭和26年制作。大工は大竹高一。彫師は浦部一郎。昭和11年初参加。
028_助信町

029_助信町



【高林町(高林組)】
重層唐破風入母屋造り。昭和61年制作。大工は川合武。彫師は山田峨聖。彫物図柄は「二十四支考」  
030_高林町

031_高林町



旧遠州銀行本店(現・静岡銀行浜松営業部)前を通る練り。
この建物は昭和3年に建てられた県内初の鉄骨鉄筋コンクリート造りの建物です。第二次世界大戦で浜松市中心部のほとんどの建物が焼失しましたが、幸運にも戦災から免れてほぼ完全な形で残る戦前建築物の代表です。
032_旧遠州銀行本店



【中組(中沢町)】
重層唐破風入母屋造り。昭和34年制作。大工は高塚房太郎。彫師は早瀬利三郎。
033_中澤町



【山組(山下町)】
重層唐破風軒搦入母屋造り。昭和30年制作。大工は松本作次郎。彫師は早瀬利三郎。彫物図柄は「七福神、鹿、瀧昇り鯉、腰彫り十二支」
034_山下町



【元浜町(元浜組)】
桃山式重層破風造り。昭和29年制作。大工は高塚房太郎。彫師は早瀬利三郎。
035_元浜町

036_元浜町



【新町(新組)】
三層桃山大唐破風造り。昭和63年制作。大工は高塚房太郎。車大工は辻村勝三、森下安夫。彫師は山田峨聖。彫物図柄は「日本昔話」。先代は昭和54年に発電機の過熱で焼失。
037_新町



【八幡町(八まん組)】
桃山式二層大破風造り。昭和38年制作。大工は高塚房太郎。彫師は早瀬利三郎。彫物図柄は「八幡宮の楠と九鳥の飛び立った所」。塗師は和田喜作。浜松では珍しい総漆塗り。先代は昭和5年制作。現・水窪町八幡連。
038_八幡町

039_八幡町



【成子町(成組)】
桃山式千鳥破風造り。昭和28年制作。大工は平野孝。彫師は伊藤松次郎。
P1170522_成子町



【中山町(ナ組)】
重層唐破風造り。昭和28年制作。大工は平野孝。彫師は浦部一郎。
P1170579_中山町



【砂山町(砂組)】
唐破風軒搦入母屋造り。昭和34年制作。大工は松本作次郎。彫師は早瀬利三郎。彫物図柄は「雌雄の龍、蝦蟇仙人」
P1170639_砂山町



【元目町(元目組)】
重層唐破風入母屋造り。昭和32年制作。大工は高塚房太郎。彫師は早瀬利三郎。桃太郎物語が基に一連の彫物。
040_元目町



【元城組(元城町)】
城型入母屋造り。昭和35年制作。大工は三嶽一郎。彫師は早瀬利三郎。彫物図柄は「波と浜千鳥」
041_元城町

042_元城町



【尾組(尾張町)】
重層唐破風入母屋造り。昭和31年制作。彫物図柄は「金太郎、一寸法師、羽衣、浦島太郎」
044_尾張町

045_尾張町



【東田町】
重層唐破風。昭和29年制作。大工は平野孝。彫師は彫松(伊藤松次郎)。彫物図柄は「昇龍、降龍」
046_東田町

047_東田町



【常盤町(と組)】
重層入母屋造り。昭和28年制作。大工は三嶽一郎。彫師は中山亮一。
048_常盤町

049_常盤町


【田町(た組)】
重層唐破風銅板葺屋根。昭和25年制作。大工は御嶽一郎。彫師は江坂鐘平。 彫物図柄は「鶴亀仙人、龍、昇龍、降龍、虎、十二支」
051_田町

050_田町



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