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散歩&プチ撮影

久しぶりに愛犬を連れて海岸に行ってきました。
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こいつ、海に入りたいのだけど様子をうかがっています。
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風紋が美しいので写真を撮っていると・・・
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いつのまにか水遊びしていました・・・(笑)
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一時間ほど海岸で遊んだ後、浜名第一橋梁に場所を移動。
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ここは暇つぶしで列車撮影するには絶好の場所です。16:03・・・上り普通電車が通過。
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16:10・・・EF200-13が牽くディーゼル機関車回送列車が通過。
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16:36・・・EF66107の上り貨物列車が通過。
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16:45・・・上り普通電車が通過。
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16:52・・・EF210-123の上り貨物列車が通過。
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こいつ、撮影中は周辺を探検していましたが、シラサギには相手にしてもらえません。
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17:20・・・見慣れない列車が来たと思ったら、キヤ97というレール運搬用の気動車でした。
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鳥たちも巣に帰る時刻になったようで、上空にはウミウが飛んで行きます。
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17:28・・・EF200-150の上り貨物列車が通過。
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そろそろ遊び疲れて帰りたくなったらしく、じっとこちらを見ています。
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17:41・・・EF6632の上り貨物列車を撮影して帰宅しました。
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晴明塚(遠州七不思議)

静岡県掛川市大渕(旧小笠郡大須賀町)に晴明塚(せいめいづか)という市指定の史跡があります。文化財として市から指定されたこの「晴明塚」は、陰明師・安倍晴明が祈とうしたといわれる塚で、古くから伝わる伝説があり、遠州七不思議の一つとされています。


【史跡「晴明塚」の由来】現地説明板より
今からおよそ千年前、京の都に安倍晴明という天文・歴学にくわしい陰陽師があった。ある時、荒波で聞こえた遠州灘に面したこの地に立ち寄り、村人の乞いに応じて、それまでしばしばおそった津波防止のために、あずき色の小石を積み上げて熱心に祈祷をした。その霊験により以後、この村には津波の災難がなくなったと言われる。この為村人たちは自然の暴威を鎮めた晴明の徳を讃えて、ここに祀り晴明塚と称するようになった。又晴明塚に祈願すると疱瘡にかからぬと信ぜられ、往年その流行期には遠近から多数参詣者があった。疫病予防の為には赤い石一個を借り出しお礼の時には二個にして返す。返した石はどんな色の石でもあずき色に変わると伝えられ遠州七不思議の一つに数えられている。


浜松から国道150号線を東に進み、旧大須賀町に入ると、見落とししそうな看板が出ています。
001_晴明塚入口看板


海側に少し入った所に、小さな小屋と駐車場がありました。
002_駐車場


小屋の先には晴明塚の説明板が立っており、奥には竹垣で囲まれた塚があります。
003_全景


晴明塚の説明板。
004_説明板


説明板の内容は冒頭に書きましたが、伝説は時に尾ヒレが付いたり、都合の悪いことは伝わらなかったりする事があります。私が晴明塚の伝説を調べると、以下の内容の話もあったので載せておきます。

「千余年も昔のこと、あるとき、この大須賀の地に陰陽師として名高い安倍晴明が訪れました。波の害に苦しめられていた村人たちは、津波と波の音封じをしてもらえないものかと晴明に訴えました。すると晴明は、津波封じに金三百、波の音封じに金五百を要求したのです。村人たちは苦心惨澹の思いで金を工面したが、どうにも金三百しか集まらなかった。とにかく津波封じだけでもと言う村人たちの乞いに応じて、晴明は小豆色の小石を積み上げて塚を作り祈祷を行なったのです。それ以後、他の村々が波にさらわれたときも、この地だけは塚より陸側へ波が入ることはありませんでした。しかし金の工面が付かず音を消してもらえなかったため、今でも遠州灘一帯では、荒れた波の音がそこここに響き渡っているのです。」


これが「晴明塚」です。大小の石を積み重ねた塚です。
005_晴明塚


言い伝えどおり、あずき色の石がたくさんあります。その他の色の石も、やがてあずき色になるのでしょうか?
006_あずき色の石


少し離れたところには、男女が抱き合っている石像がありましたが、説明板が無くて晴明塚と関係があるのか解りません。
007_石像


横から見た晴明塚。大量の石が積まれているのがわかります。
008_晴明塚


塚の横にも説明板がありました。(内容は入口の説明板と同じです)
009__晴明塚説明板


石を積み重ねて祈願しています。
020_石塔


塚の前には花や飲み物がお供えされていましたが、ひっそりとした場所でした。
021_晴明塚


私も新型インフルエンザの予防のため、石を一つお借りしてきました。無事に過ごせたら二個の石を返しに行きたいと思います。
022_持ち帰り石


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天竜浜名湖鉄道-掛川駅

天竜浜名湖鉄道の掛川駅は、1889年(明治22年)4月16日、官設鉄道静岡駅-浜松駅間の開通時に開業します。1895年(明治28年)4月1日、線路名称制定し、東海道線(1909年に東海道本線に改称)の所属となります。1935年(昭和10年)4月17日、二俣線が遠江森駅まで開通し接続駅となる。1940年(昭和15年)6月、木造の現駅舎に改築(2代目)。1984年(昭和59年)1月21日、貨物の取扱を廃止。1985年(昭和60年)3月14日、荷物の取扱を廃止。1987年(昭和62年)3月15日、二俣線が第三セクター化し、天竜浜名湖鉄道に転換。4月1日、国鉄分割民営化により、国鉄の駅は東海旅客鉄道(JR東海)が承継します。1988年(昭和63年)3月13日、東海道新幹線が停車するようになります。
乗降人員は2007年調べで、天竜浜名湖鉄道は2,031人/日。JR東海は乗車客のみで11,744人/日(降車客含まず)。

掛川は古くからの城下町であったため、重要文化財の二の丸御殿が残っており、掛川城も再建されています。また、掛川城近くには大日本報徳社大講堂(国指定重要文化財)などもあり、市内散策も楽しめます。



東海旅客鉄道(JR東海)の掛川駅は、新幹線停車駅では唯一、木造駅舎(北口)を有している。
掛川市長であった榛村純一氏が木の文化を大切にするという姿勢から、1940年に建築された駅舎が現在も残っています。
01_掛川駅


JR東海の掛川駅は、駅長・駅員配置駅(直営駅)で、管理駅として東海道本線の菊川駅も管理しています。
02_掛川駅


JR東海・掛川駅の西側に位置する天竜浜名湖鉄道の掛川駅。
03_掛川駅


階段を上がったところに駅入り口があります。
04_掛川駅


小さな待合室。
05_掛川駅


切符売り場。
06_掛川駅


頭端式ホーム1面2線を有する地上駅。
07_掛川駅


JR東海とは別改札であるが、天浜線駅舎内から東海道本線1番ホームへのJRの改札も存在します。
08_掛川駅


掛川駅北口から西に400mほどの距離にある掛川市中央公園には二俣線で活躍した蒸気機関車と同形機のC5849号機が保存されています。
P1120639_c5849


C5849号機は福井の小浜線で活躍して1971(昭和46)年に敦賀第一区で廃車になりました。
P1120642_c5849


屋根付きで保存され、塗装などの整備も行われているようですが、前照灯やキャブのガラス類は全て失われ、側面のナンバープレートも無くなっています。
P1120644_c5849


機関車と一緒に腕木信号機も保存されていました。
P1120651_c5849


天竜浜名湖鉄道は、この東海道本線・掛川駅から分岐して内陸部に入り、浜松市天竜区の天竜二俣駅を経て、浜名湖の北岸を巡って再び東海道本線の新所原駅に合流しているため、掛川-豊橋間の北回りバイパス線にもなっています。
本来は、掛川から遠江二俣、三河大野を経て岐阜県東濃地方の大井(現在の恵那)に至る鉄道(改正鉄道敷設法別表第63号)として計画されましたが、戦時中に軍事上の要請から(浜名湖付近で海岸線を通る東海道本線が、敵軍の攻撃により不通になった際のバイパスとするため)、終点を新所原に変更して建設されました。また、天竜二俣付近では、1929年-1935年に存在した光明電気鉄道線の廃線跡を転用して建設を行っています。




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天竜浜名湖鉄道-いこいの広場駅~桜木駅~西掛川駅~掛川市役所前駅

今回は、いこいの広場駅から掛川市役所前駅までの4つの駅をご紹介します。



【 いこいの広場駅 】
天竜浜名湖鉄道のいこいの広場駅は、1988年(昭和63年)3月13日、天竜浜名湖鉄道の駅として開業しました。乗降人員は2007年調べで171人/日。


単式ホーム1面1線を有する地上駅。
P1120570_いこいの広場駅


ホーム上に待合室がある無人駅です。
P1120572_いこいの広場駅


待合室横には上屋が設置されています。
P1120573_いこいの広場駅


駅前の風景。ホーム端にトイレがあります。
P1120576_いこいの広場駅


並走する県道から離れているため、見過ごしてしまいそうな小さな駅でした。
P1120577_いこいの広場駅





【 桜木駅 】
天竜浜名湖鉄道の桜木駅は、1935年(昭和10年)4月17日、掛川駅~遠江森駅間の開通時に国鉄二俣線の遠江桜木駅として開業します。1971年(昭和46年)11月15日、貨物の取扱が廃止。1987年(昭和62年)3月15日、二俣線が第三セクター鉄道に転換、天竜浜名湖鉄道の駅となると同時に桜木駅に改称。2009年(平成21年)11月1日、無人化。乗降人員は2007年調べで317人/日。


桜木駅には開業当時の古い木造の駅舎が残っています。
01_桜木駅


待合室入り口。駅舎は原谷駅とほとんど同じ造りです。
02_桜木駅


駅事務室と切符売り場。
03_桜木駅


待合室内部。
04_桜木駅


相対式ホーム2面2線を有する地上駅。
05_桜木駅


ホーム側から見た駅舎。
06_桜木駅


駅南側には引き込み線の一部が残っていました。
07_桜木駅


下り新所原方面。
08_桜木駅


上り掛川方面。
09_桜木駅





【 西掛川駅 】
天竜浜名湖鉄道の西掛川駅は、1954年(昭和29年)10月10日、国鉄二俣線の駅(旅客駅)として開業します。1987年(昭和62年)3月15日、二俣線が第三セクター鉄道に転換され、天竜浜名湖鉄道の駅となる。
乗降人員は2007年調べで154人/日。



西掛川駅は築堤上にあります。
01_西掛川駅


駅入口からホームへは階段で結ばれています。
02_西掛川駅


掛川方面から列車が到着。
03_西掛川駅


ホーム上に待合室があります。
04_西掛川駅


単式ホーム1面1線を有する無人の地上駅。
05_西掛川駅


築堤上の西掛川駅に停車する列車。築堤下には梅の花が咲いていました。
06_西掛川駅


駅東方には逆川が流れています。
07_西掛川駅





【 掛川市役所前駅 】
天竜浜名湖鉄道の掛川市役所前駅は、1996年(平成8年)3月18日、天竜浜名湖鉄道の駅として開業。掛川市役所の移転に伴って現在地に新設されました。
乗降人員は2007年調べで170人/日。



駅前にトイレが設置されていますが、駅舎や待合室はありません。
P1120656_掛川市役所前駅


ホーム入り口。
P1120657_掛川市役所前駅


単式ホーム1面1線を有する無人の地上駅で、ホーム有効長は新設駅ですが55mもあります。
P1120658_掛川市役所前駅


西隣の西掛川駅までは、僅か500mほどの距離になります。
P1120659_掛川市役所前駅


掛川市役所前駅に到着した列車。
P1120671_掛川市役所前駅


駅北側は住宅地ですが、出口は南側のみなので、東にある踏切を渡って回り込む必要があります。
P1120672_掛川市役所前駅


駅東側の線路脇には菜の花が咲いていました。
P1120680_掛川市役所前駅



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天竜浜名湖鉄道-戸綿駅~原田駅~原谷駅~細谷駅

今回は、戸綿駅から細谷駅までの4つの駅をご紹介します




【 戸綿駅 】
天竜浜名湖鉄道の戸綿駅は、1960年(昭和35年)4月20日、国鉄二俣線の駅として開業します。1987年(昭和62年)3月15日、二俣線が第三セクター鉄道に転換、天竜浜名湖鉄道の駅となり、2009年(平成21年)11月1日、無人化。乗降人員は2007年調べで342人/日。


戸綿駅は築堤上に位置する高架駅です。階段途中に有人時代の駅舎が残っています。
01_戸綿駅


トイレはかつては駅待合室真下あたりに設置されていたが、現在は遠州森側の高架下に設置されています。
02_戸綿駅


下り新所原方面。築堤上にあるため、見晴らしが良いです。
P1120433_戸綿駅


ホーム上に待合室があります。
P1120434_戸綿駅


駅のすぐ西側が太田川のため、鉄橋が隣接していて、遠州森からの列車は鉄橋を渡って程なく停車します。
P1120436_戸綿駅


上り掛川方面。
P1120437_戸綿駅


大田川を渡る上り掛川行きの列車。
P1120445_戸綿駅


築堤上の戸綿駅ホームに停車中の列車。
P1120454_戸綿駅





【 原田駅 】
天竜浜名湖鉄道の原田駅は、第三セクター化後の1988年(昭和63年)3月13日に天竜浜名湖鉄道の駅として開業。乗降人員は2007年調べで78人/日。


県道沿いに原田駅があります。
01_原田駅


ホームには小さな上屋が設置されています。
02_原田駅


単式ホーム1面1線を有する地上駅で、無人駅です。
03_原田駅


下り新所原方面。
04_原田駅


上り掛川方面より列車が来ました。
05_原田駅


原野谷川と小高い山と田んぼに挟まれ人家が少ないロケーションのため、テレビドラマや映画の撮影に使われることもありましたが、最近は周辺に人家も増えてきています。
P1120473_原田駅





【 原谷駅 】
天竜浜名湖鉄道の原谷駅は、1935年(昭和10年)4月17日、掛川駅~遠江森駅間の開通時に国鉄二俣線の駅として開業します。1962年(昭和37年)8月21日、貨物の取扱を廃止。1987年(昭和62年)3月15日、二俣線が第三セクター鉄道に転換、天竜浜名湖鉄道の駅となり、2009年(平成21年)11月1日、無人化となる。乗降人員は2007年調べで257人/日。


原谷駅には古い木造の駅舎が残っていました。
01_原谷駅


待合室入り口。
02_原谷駅


駅事務室と切符売り場。
03_原谷駅


昨年(2009年)まで業務委託の有人駅でした。
04_原谷駅


待合室内部。
05_原谷駅


国鉄時代の木の改札口が残っています。
06_原谷駅


ホーム側から見た駅舎。
07_原谷駅


上り掛川方面。相対式ホーム2面2線を有する地上駅です。
08_原谷駅


下り新所原方面。
09_原谷駅


2004年夏に、テレビドラマ『WATER BOYS2』で、姫乃駅として設定されてロケが行われました。
10_原谷駅


原谷駅西方には原谷川が流れています。
P1120546_原谷


原谷川橋梁を渡る列車。
P1120556_原谷





【 細谷駅 】
天竜浜名湖鉄道の細谷駅は、1956年(昭和31年)5月10日、国鉄二俣線の駅(旅客駅)として開業。1987年(昭和62年)3月15日、二俣線が第三セクター鉄道に転換、天竜浜名湖鉄道の駅となります。乗降人員は2007年調べで113人/日。


細谷駅入り口。
P1120560_細谷駅


単式ホーム1面1線を有する無人の地上駅で、ホーム上に木造の待合室があります。
P1120563_細谷駅


平野部にある駅で、線路と道路が並行して一直線に続いているため、この道路を田園滑走路と呼んでいます。
P1120561_細谷駅


東隣のいこいの広場駅(新設)までは500mしか離れておりません。
P1120567_細谷駅


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