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掛川城と掛川桜 (20200306)

掛川城南側の逆川沿いに植えられた約300本の掛川桜が見頃を迎えていました。
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「掛川桜」は掛川市で発見され、掛川城周辺に植樹が進められている寒桜の新品種で、20年ほど前に同市葛川の造園業、田旗康二さんが入荷したソメイヨシノの中に交じっているのを見付け、こつこつと接ぎ木を行い、2005年ごろから同城近くの逆川沿いに植え始めたそうです。
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「掛川桜」は、河津桜に似ていますが、開花時期が7〜10日遅く、一回り小さい花が手まり状に咲くのが特徴です。
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<掛川城>
室町時代、駿河の守護大名今川氏が遠江進出を狙い、家臣の朝比奈氏に命じて築城させたのが掛川城のはじまりです。戦国時代には、山内一豊が城主として10年間在城しました。働き盛りの一豊は大規模な城郭修築を行い、天守閣、大手門を建設するとともに、城下町の整備や大井川の治水工事などに力を注ぎました。掛川は、一豊の人生にとって大きな意味をもつ土地であり、高知城は掛川城を模して作られたとも伝えられています。
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現在の掛川城は、平成6年(1994年)4月に「東海の名城」と呼ばれた美しさそのままに、日本初の「本格木造天守閣」として復元されたものです。掛川城周辺には、四季桜、しだれ桜、ソメイヨシノが約130本植えられており、毎年春には多くの人の目を楽しませています。
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残念ながら、訪問日はコロナウィルスの影響で休館になっていました。
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天守への門は閉ざされて中に入ることはできません。
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<大手門>
大手門は天守閣に続いて平成7年(1995年)に復元されたもので、大きさは間口7間(約12.7メートル)、奥行3間(約5.4メートル)の二階建です。掛川城の表玄関にふさわしい楼門造りの本格的な櫓門は、木造日本瓦葺き入母屋づくりになっています。白壁で板ひさしが配され、棟の上にはシャチ瓦が飾られた勇壮な構えです。実際は現在地より50メートルほど南にありました。
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掛川城と掛川桜
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ご覧いただき、ありがとうございました。
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浜松城

早春の浜松城を訪問しました。
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若き日の徳川家康像 (徳川家康は29歳~45歳までの17年間を浜松城で過ごしました)
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浜松城公園の日本庭園内では紅梅が咲いていました。
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公園内に住み着いているタイワンリス。
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公園内の池にはアイガモも住み着いています。
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ご覧いただき、ありがとうございました。

諏訪原城址 (20200108)

大井川鐵道のSL撮影後、いつもは新東名で帰宅するのですが、この日は往路で富士山を眺めた牧之原公園に立ち寄りました。しかし、東の空は雲が多くなって富士山鑑賞は撃沈!ふと、足元を見るとキレイに並んだ石畳があり、消えかけた看板には「東海道の石畳」と書かれています。
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本物なのか?と半信半疑で、その石畳を少し辿ってみました。
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後で調べたところ、明治以降に電話線や電線等の敷設により石畳は掘り起こされ、その後舗装されたため、もとの面影は失われたそうです。そこで、平成3年(1991年)、町おこし事業として「平成の道普請・町民一人一石運動」により、全長約1km(金谷坂430m、菊川坂611m)が復元されたそうです。
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帰り道、諏訪原城跡にも立ち寄りました。
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諏訪原城址は、平成29(2017)年 4月6日公益財団法人日本城郭協会により「続 日本100名城」に選定されました。その翌年(2018年)3月には駐車場の空き地だった場所に立派なビジターセンターが建設されました。
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諏訪原城は天正元年(1573)、武田勝頼が遠江侵攻撃の拠点とするために、家臣の馬場美濃守信春に命じて牧之原台地に城を築きました。城内に諏訪大明神を祀ったことから、諏訪原城の名がついたと言われています。諏訪原城は、駿府から遠江に入る要衛の地にあり、高天神城(静岡県掛川市)攻略のための陣城として、攻略後は兵站基地としての役割を担いました。
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天正3年(1575)、徳川家康によって攻め落とされたのち、牧野城と改名され、今川氏真や松平家忠らが城番になりました。「家忠日記」には、堀普請や塀普請などの度重なる改修が行われたことが記されています。天正9年(1581)に、高天神城が落城し、翌年、武田氏が滅亡すると、この城の必要性が無くなりました。その後、徳川家康が関東に移ったことから、天正18年(1590)頃に廃城になったと言われています。
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大手北外堀
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この外堀は城内で一番大きい横堀です。
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二の曲輪北馬出の門(復元)は、発掘調査で確認された門の礎石から平成28年に復元。門の形式は薬医門です。
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本曲輪は、富士山、大井川を望む高台にあり、城の背景は絶壁で「後ろ堅固の城」の教科書的立地にありました。
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富士山、大井川方面の眺望ですが、残念ながら富士山は雲に覆われて見ることができませんでした。
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眼下の金谷駅を通過する貨物列車が見えます。
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諏訪原城址(国指定文化財:昭和50年11月25日指定)
史跡諏訪原城址は東海道武田領の先鋒を勤める重要な拠点の金谷台に天正元年(1573)、武田勝頼の臣馬場美濃守の縄張で築かれた希に見る規模雄大な山城の跡です。
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カンカン井戸は、本丸(本曲輪)脇にある内堀(空堀、6号堀)の底にあります。 台地上なので井戸はできる限り低い位置から掘ったと思われます。現在は、井戸に落ちると危険なので、だいぶ埋められています。
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ビジターセンターの裏には、ポツンと残されたお墓がありました。
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諏訪原城に関係ある人物のお墓なのでしょうか?
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ご覧いただき、ありがとうございました。

鳥羽山城址&二俣城址の紅葉 その後 (20191206)

鳥羽山城址
前回、11/9の訪問時は紅葉には少し早かったので一か月後に再訪すると見頃を迎えていました。
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本丸跡
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大手門跡
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展望台から天浜線の天竜川橋梁を渡る列車を撮影。
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二俣城址
北曲輪(現在:旭ヶ丘神社)
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本丸跡
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天守台跡が残されています。
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ご覧いただき、ありがとうございました。

浜松城公園の紅葉 (20191125)

浜松城公園の紅葉もようやく見頃を迎えてきました。
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天守門脇のイチョウも黄色に色付いてきました。
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公園内に住み着いているタイワンリスも冬に向かって餌探しに一生懸命です。
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ご覧いただき、ありがとうございました。

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