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中年オヤジの写真館です。

青春18きっぷの旅 5回目-② 20190406

松本と言えば、シンボルとなっている国宝松本城は外せませんので、早速向かいました。
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松本城に向かう大名町通りにあった歴史的建造物は、1937年(昭和12年)に日本勧業銀行松本支店として建てられたもので、現在はアルモニービアン(HARMONIE BIEN)という、ホテル併設型のウェディング施設になっています。(国の登録有形文化財)
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松本市大手に鎮座する四柱神社(よはしらじんじゃ)には四つの神様(天之御中主神・•高皇産霊神・•神皇産霊神・天照大神)が鎮座されていて、地元では「神道(しんとう)」とも呼ばれ親しまれています。
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四柱神社には4人もの神様を祀っているので、商売繁盛、学業成就、家内安全、健康寿命、縁結びなどの全ての願いを叶えてくれるとされています。
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四柱神社拝殿。
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松本城は戦国時代の永正年間に造られた深志城が始まりで、現存する五重六階の天守の中で日本最古の国宝の城です。
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松本城と雪を被った北アルプスの山々。
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お堀に映った逆さ松本城。
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国宝松本城天守(本丸庭園内)観覧料 - 松本市立博物館との共通券 大人=610円、小・中学生=300円
開場時間 - 通常=8:30~17:00 夏季(2019年8月10日(土)から8月18日(日)まで)=8:00~18:00
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本丸内側より。右から乾小天守、渡櫓、大天守、辰巳附櫓、その手前に月見櫓。
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天守に続く長蛇の列です。待ち時間は40分ほど掛かるそうなので諦めました。
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松本城と桜
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中央のしだれ桜は、加藤清正が城見のために松本城を訪れた時に駒をつないだという話を伝える桜で、城内にあった老木が「駒つなぎの桜」「御殿桜」と呼ばれていたという伝承があり、昭和30年代後半から昭和40年代前半に、現在の位置に幼木が植えられました。
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松本城に向かう途中に「牛つなぎ石」なるものがありました。戦国時代、武田信玄の軍が塩不足に陥り、敵方の上杉軍が塩を送ってきたときに、塩を運んできた牛をつないだと言われる伝説の石です。明治以降には、富山からブリを運んだ牛や、新潟から送られる塩を運んだ牛をつないだとも伝わっています。
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ご覧いただき、ありがとうございました。
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  1. 2019/04/28(日) 00:00:40|
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浜松城と桜 20190331~20190405

3月31日
浜松城が桜の時期に合わせてライトアップされたので出掛けてきましたが、開花は遅くてまだ5分咲きほどでした。
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「浜松城天守閣」は、1958年に鉄筋コンクリートで建造されました。
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4月1日
翌日は10時頃に行きましたが、平日にもかかわらず、昼頃には駐車場の
空きを待つ車が数珠つなぎになっていました。
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若き日の徳川家康公像
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2014年3月に復元された「天守門」
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浜松城公園内のしだれ桜は見頃を迎えていました。
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園内では花見をする人たちも見られました。
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4月5日
桜の開花も満開近くになったので、再び浜松城を訪問。
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この日は亡くなった愛犬サラを火葬に出す前に車に乗せて一緒に花見をしました。
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お城を囲む桜は、まだ8分咲きほどです。
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しだれ桜は、まだ見頃を保っていました。
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戦没者慰霊碑の像
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ご覧いただき、ありがとうございました。
  1. 2019/04/22(月) 00:00:55|
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青春18きっぷの旅 2回目-④ 20190310

この日は午後から雨が降り出しましたが、せっかく彦根まで来たので国宝の彦根城に行ってみることにしました。
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彦根城は江戸時代および1869年(明治2年)の版籍奉還後から1871年(明治4年)の廃藩置県まで彦根藩の役所が置かれました。天守、附櫓及び多聞櫓は国宝、城跡は特別史跡かつ琵琶湖国定公園第1種特別地域になっています。天守が国宝指定された5城のうちの一つです(他は犬山城、松本城、姫路城、松江城)02_201903112235009d8.jpg



彦根駅前をまっすぐに歩いて15分ほどで彦根城の入り口に着きます。観覧料金は800円 年中無休で観覧時間は8:30〜17:00まで。 
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ひこにゃんの後ろの彦根城博物館は別途500円の入場料が必要。
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さて、天守閣に向けて表門山道を上り始めたのですが、ここでアクシデント発生!なんと右足ふくらはぎがこむら返りに・・・。
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しばらく休憩しながら、だましだまし坂を上りましたが、さすがに歳を感じましたね。
さて、この廊下橋は天守に向かうためには渡らなければなりませんが、敵が攻めてくると、橋を落すことで守備の時間を稼ぐような仕組みになっていたそうです。
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正面から眺めると天秤のように左右が対となった彦根城の天秤櫓は長浜城から移築したといわれています。
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彦根城は、井伊直継・直孝によって約20年の歳月をかけて建設され、元和8年(1622)に完成しました。彦根城の建築物には、大津城からの天守を始め、佐和山城から佐和口多門櫓(非現存)と太鼓櫓門、小谷城から西ノ丸三重櫓、観音寺城や、どこのものかは不明とされている太鼓門などの移築伝承が多くあります。 建物や石材の移築転用は縁起担ぎの他、コスト削減と工期短縮のために行われたもので、名古屋城や岡山城や姫路城、福岡城など多くの城に同様の伝承が伝わっています。
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重要文化財の太鼓門櫓と天守。
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天守前の広場では看板のひこにゃんがお出迎え。
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<国宝>天守 付櫓及び多聞櫓 彦根屏風
<重要文化財>太鼓門及び続櫓 天秤櫓 西の丸三重櫓及び続櫓 二の丸佐和口多聞櫓 馬屋 我宿蒔絵硯箱
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天守入口より天守内部を観覧。
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最初の階段。
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二つ目の階段は長さも角度も大きくなります。
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三つ目の階段は、もうスカートを履いた女性では無理ですね。
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天守内に展示されていた井伊直弼像。
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四つ目の階段は、もう崖登りのレベルです。
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天守からの眺めは雨のため琵琶湖も霞んでいました。
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天守の石垣は牛蒡積(ごぼうずみ)みと呼ばれ、自然石を使い重心が内下に向くように作られ、外見は粗雑だが強固な造りです。その上に三重の天守が立っています。規模は小さいが、屋根の曲線の調和が美しく荘厳な雰囲気を持っています。また、花頭(かとう)窓が配列されているのも特長の一つとされています。
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明治に入り、各地の城は廃城令で破壊・売却されました。彦根城の天守閣も明治元年に700円で落札され解体される寸前でしたが、明治11年10月に明治天皇が巡幸で彦根を通過した折、城の保存を命じたため破却を逃れたといわれます。その際、天皇に保存を奏上したのは、巡幸に随行していた大隈重信という説と、天皇の従妹にあたるかね子(住持攝専夫人)という説とがあります。
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帰り路、石屋さんの前にひこにゃんの石像がありました。
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彦根15:18⇒米原15;23 3268M 新快速

彦根から列車を乗り継いで帰宅しました。
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米原駅東口
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米原16:00⇒大垣16:35 3228F
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大垣16:41⇒豊橋18:13 5346F
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豊橋18:31⇒浜松19:07 978M
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ご覧いただき、ありがとうございました。
  1. 2019/03/23(土) 00:00:39|
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小田原城

この日は少し足を延ばして小田原まで行ってきました。
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駅構内には巨大な「小田原提灯」がぶら下がっています。
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小田原と聞いて最初に思いつくのは小田原城ですね。
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行ってきました。
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小田原駅から徒歩で10分ほどかかります。
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小田原城の前身は、室町時代に西相模一帯を支配していた大森氏が八幡山に築いた山城でした。城の規模や築城年は明らかになっていませんが、15世紀の中頃に造られたのではないかと考えられています。
15世紀末、伊勢宗瑞(後の北条早雲)が小田原に進出し、小田原城は、関東支配の中心拠点として整備拡張されました。
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この日は銅門の特別公開が行われていました。
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平成9年10月に再建された銅門の内部です。
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小田原城は、明治3年(1870)に廃城となり、明治5年までに城内の多くの建物は解体されました。また、大正12年(1923)9月の関東大震災により石垣もほぼ全壊し、江戸時代の姿は失われてしまいます。
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現在の小田原城天守閣は、昭和35年に市制20周年記念事業として総工費8千万円をかけて復興された小田原市のシンボルです。
江戸時代に造られた雛型や引き図(宝永年間の再建の際に作られた模型や設計図)を基に江戸時代の姿として外観復元され、内部は歴史資料の展示施設となっています。復興に当たっては、「瓦一枚運動」が展開され、多くの市民からの寄付が寄せられました。
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2015年7月から耐震工事及び屋根瓦や壁の修復が行われていましたが、2016年5月1日よりリニューアルオープンしています。
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ご覧いただき、ありがとうございました。
  1. 2016/05/22(日) 00:00:23|
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姫路城

青春18きっぷの一日分が残っていたので姫路城に行ってきました。
姫路には昼前に到着し、駅から北に向かって徒歩10数分で到着します。
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姫路城は姫路市街の北側にある姫山および鷺山を中心に築かれた平山城で、江戸時代以前に建設された天守が残っている現存12天守の一つで、ほぼ中堀以内の城域が特別史跡に、現存建築物の内、大天守・小天守・渡櫓等8棟が国宝に、74棟の各種建造物(櫓・渡櫓27棟、門15棟、塀32棟)が重要文化財に、それぞれ指定されています。また、1993年(平成5年)12月にはユネスコの世界遺産(文化遺産)にも登録されました。
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姫路城の始まりは、1346年(南朝:正平元年、北朝:貞和2年)の赤松貞範による築城とする説が有力で、『姫路城史』や姫路市ではこの説を採っています。一方で赤松氏時代のものは砦や館のような小規模なもので、城郭に相当する規模の構築物としては戦国時代後期に西播磨地域で勢力を持っていた小寺氏の家臣、黒田重隆・職隆父子による築城を最初とする説もあります。
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三の丸広場から眺めた姫路城。
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今年3月に平成の大修理を終えたばかりなので大勢の観光客が来ています。
長い行列に並んで入場門に向かいます。
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別名の白鷺城(はくろじょう)の名の如く白壁が美しく華やかな構成美が羽を広げて舞う白鷺にたとえられています。
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入場料の1000円は全国の城郭では最も高額なんだそうです。
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でも「国宝」&「世界遺産」なんだもんなぁ~。
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入場と同時に天守を目指しましたが・・・。
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ここが天守閣入場の最後尾で、建物に入るまで1時間、天守閣内部を見て回るのに1時間・・・帰りの列車まで2時間半しかありません。ここで2時間も潰すことはできないので天守閣入場はパス!残念ながら諦めました・・・。
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天守を諦めて外からお城の周りを散策すると、姫路城歴代(明治・昭和・平成)の鯱がありました。
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姫路城の本丸下、「上山里」と呼ばれる一角に幡州皿屋敷の「お菊井戸」があります。
「この井戸は、播州皿屋敷の怪談で知られる「お菊井戸」といわれています。永正年間(1500年頃)姫路城主・小寺則職の執権・青山鉄山は町坪弾四郎と語らい、城を奪おうと企てていました。則職の忠臣・衣笠元信は、お菊を青山家に女中として住み込ませ、その企みを探らせました。則職暗殺を察知したお菊が元信に知らせたため則職は家島(姫路市)に逃げて殺されずにすみましたが、城は鉄山に乗っ取られました。お菊の動きを知った弾四郎は、お菊を助ける代わりに結婚を強要しました。元信を慕うお菊はそれを拒みました。弾四郎はそんなお菊を憎み、青山家の家宝の10枚揃いの皿の1枚を隠し、その罪をお菊にかぶせて責めあげました。それでも弾四郎を拒むお菊は、ついに切り殺されて井戸に投げ込まれました。
その後、毎夜この井戸から「1枚、2枚、3枚、・・・9枚」と9枚目まで何度も数えるお菊の声が聞こえたといいます。やがて元信らが鉄山一味を滅ぼし、お菊は「於菊大明神」として、十二所神社内に祀られました。」(お菊井戸の説明板より)
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三国堀越しに眺めた天守。
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<西の丸長局>(百間廊下)西の丸の中書院に当たる場所で、御殿を囲むように造られた300mもの廊下に並ぶ部屋には、千姫に仕えた侍女たちが住みました。千姫は毎朝この廊下から男山を拝んでいたと伝えられています。
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<化粧櫓>内部は畳を敷いた御殿のような造りで、西の丸長局より男山を拝んだ千姫が、この櫓を休息所としたので、この櫓を化粧の間、または化粧櫓と呼んでいました。
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雲が切れて青空が広がって来ました。
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青空に姫路城(白鷺城)が映えますね。
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世界遺産の姫路城には外国人も多く来ていましたが、民族衣装を身にまとった方たちもおりました。
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ご覧いただき、ありがとうございました。
  1. 2015/09/10(木) 00:00:49|
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