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貝島炭鉱専用線 (1974年撮影)

貝島炭鉱専用線は、国鉄宮田線の終点の筑前宮田から出ていた専用線でした。
全盛時は総延長が18.6kmあったそうですが、1976(昭和51)年6月に炭鉱閉山により全て廃線となりました。また、貝島炭鉱のために建設された国鉄宮田線も、特定地方交通線の第3次廃止対象路線となり、1989(平成元)年に廃線になっています。
私は1974年の夏に訪問しましたが、すでに貝島炭鉱も晩期を迎えていたせいか活気は全く感じられず、リンク式連結器を備えたアルコ製の22号機が宮田駅構内で静かに入れ替え作業を行っておりました。


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ご覧いただき、ありがとうございました。

急行「桜島・高千穂」

現役蒸気を追いかけていた頃、休日は浜松駅に電気機関車の撮影にも出かけていました。
当時の浜松駅には構内に機関区があり、数多くのEF58形電気機関車が配属されていましたが、浜松周辺での定期運用があったのは荷物列車と、急行「桜島・高千穂」ぐらいだったと思います。この急行「桜島・高千穂」は当時の東海道本線では、日中を走る唯一の急行客車列車だったので、鉄友と一緒に足繁く撮影に通ったことを記憶しています。

急行「桜島・高千穂」は、東京ー西鹿児島(現鹿児島中央)間を結ぶロングランの急行列車で、東京から門司までは併結運行され、門司からは「桜島」が鹿児島本線経由、「高千穂」が日豊本線経由で西鹿児島を目指していました。日本最長というその走行距離は、「桜島」で1515.3km、「高千穂」にいたっては1595.9kmという超ロングランで、所要時間は「桜島」が25時間43分、「高千穂」は28時間20分もかかっていました。ちなみに下り列車は東京を10時ちょうどに発車、「桜島」の西鹿児島到着が翌日の11:43、「高千穂」は翌日14:20着というダイヤで、「高千穂」は終点の西鹿児島に到着するまでに3回も上り「高千穂」とすれ違ったそうです。
また、これだけの長距離列車にもかかわらず、全車座席車で構成されており、グリーン車を1両含むものの全車自由席という敷居の低い列車で、SL撮影旅行に使われた方も多いと思います。
当時はまだ九州地区には多くの蒸気機関車が残っており、この「桜島・高千穂」に乗れば翌日は蒸気機関車を見ることができると思うと、憧れの列車でもありました。

当時、学生だった私がSL撮影のために北九州周遊券でこの列車に乗ることができたのは1974年の春になります。
その翌年、1975年3月のダイヤ改正で急行「桜島・高千穂」は廃止されました。



当時のEF58は荷物列車の運用も受け持っていました。(EF5847:浜松駅上り線 1972年撮影)
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浜松駅下り線に到着した急行「桜島・高千穂」(EF584:浜松駅下り線 1972年撮影)
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当時、一緒に駅撮りに出掛けていた鉄友が写っていますが、今はもう50歳半ばになります。
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一両だけ連結されていたグリーン車。
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これに乗れば、翌日にはSLが見られるんだな~と、羨ましい気持ちで列車を見送っていました。
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